(C)Compass Films Production 2016

町中の柱や壁をニットで飾る「ヤーン・グラフィティ」アーティストのティナ、かぎ針編みの巨大なニットと全身ニットのパフォーマーで作品を作るオレク、白いニットを張り巡らせた舞台でパフォーマンスをするサーカス・シルクール、カラフルなニットで巨大な子供の遊具を作る堀内紀子。

糸(YARN)を使って表現をする4組のアーティストを追ったドキュメンタリー映画。糸やニットという女性的なものを使ったアートが今世界で求められているのはなぜか、彼女たちは世界を解釈し直し、社会にどのような未来をもたらしてくれるのか。

柔らかいアートがもつ可能性

映画はアイスランドの羊たちの映像から始まる。これはもちろん糸の由来を示すものだが、同時にYARN=糸と自然とのつながりが映画のテーマであることの表明だとも思う。彼女たちのアートは人間と自然とのつながりを見つめ直す作品なのだ。

アートについての映画は、そのアート作品やアーティストと社会との関わりを描き、アートが社会や人々にどのような影響を与え、社会をどの方向に導くかを描く物が多い。特にパブリックアートがテーマのものはその傾向が強い。banksyの映画などはその典型的な例だ。

そして、この映画に登場するアーティストたちも基本的にパブリックアートを手掛けている。中でもティナはグラフィティ・アーティストなので、明らかに社会に向けて作品を発信している。そんな彼女は、作品作りの動機について、「男性の作るまちは角ばっているから、女性の手仕事の柔らかみが欲しい」というようなことを語る。男性的なまちをニットで包み、柔らかくしようというのだ。

(C)Compass Films Production 2016

彼女の生み出すアートを見ながら、もしかしたら彼女の作品のほうが、banksyのような男性的なゲリラアートよりも社会を変える可能性が大きいのではないかと思った。banksyは直接的に社会の変革を訴える。だからわかりやすい。ティナがまちに生み出す温かみは、社会を変えようと訴えはしないが、人々につながることの大切さを思い出させる。

banksyは攻撃によって社会を変えようとするが、ティナは調和によって社会を変えようとしているのではないか。ティナのやり方は遠回りに見えるかもしれないが、実際に社会を変えることができるのは彼女なのかもしれない。banksyは人々に気づきをもたらし味方を増やすことはできるが、「敵」を変えることはできない。ティナはその対決構造そのものを変えようとしているのかもしれない。

その意味では、堀内紀子さんの作品も子どもたちの感受性を育てることで、未来のより良い社会を育もうとしているといえる。彼女は、1970年代に日本の公園を調べて、コンクリートだらけで、高架下だったり汚いところばかりだったことが現在の作品の出発点になったと言っていた。子供の頃の経験がその後の価値観の土台を作るとすると、どのような場所で遊んだか未来に対して大きな異影響を及ぼす。

(C)Compass Films Production 2016

彼女の作品で遊んだ子供がどのような大人になるかはわからないが、コンクリートに囲まれた汚い公園で遊んだ子供より感受性が豊かに成長するだろうと期待が持てる。

女性的なアートが力を持つ未来へ

アートの社会における役割はなにか考えてみると、人の感性に訴えることで、価値観の変化を促すものではないか。それが結果的に社会を変えることもある。そんなアートの文脈において、女性の手芸がアートとして価値を持つようになったということは、これからの社会がその感受性、価値観を必要としているということが言えそうだ。これからさらに、モダニズムを牽引してきた男性的なアートは力を失い、自然との調和を図る女性的なアートが力を持つようになるのではないだろうか。

オレクがギャラリーで作品を準備している時、近所のおじいさんが作品を好意的に捉えているのを見ると、彼女たちの作品にはアートと人々をつなぐ力もあるんじゃないかと感じる。もちろん、本当に社会を変えるには男性的なものと女性的なものの両方がなければいけない。ただ、彼女たちのような姿勢のアートが今までなさすぎた。そんなことを思った。

そして、彼女たちのアートからは調和や平和を感じる。それは作品が温かみを持っているのに加え、生活から近いところにあるからだろう。だからこそ、これまでアートと捉えられづらかったわけだが、それをアートに昇華させる彼女たちの力と、思考実験によって人々に気づきをもたらす男性的なアートの力が合わさる地点に至ることができれば、世界はもっと平和になる、そんな希望がもてる気がした。

『YARN 人生を彩る糸』
Yarn
2016年/アイスランド、ポーランド/76分
監督:ウナ・ローレンツェン
脚本:クリスチャン・アロラ
撮影:イガ・ミクラー
音楽:オルン・エルドゥヤルン

https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/04/yarn_3.jpg?fit=640%2C360&ssl=1https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/04/yarn_3.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovieアート,ドキュメンタリー
(C)Compass Films Production 2016 町中の柱や壁をニットで飾る「ヤーン・グラフィティ」アーティストのティナ、かぎ針編みの巨大なニットと全身ニットのパフォーマーで作品を作るオレク、白いニットを張り巡らせた舞台でパフォーマンスをするサーカス・シルクール、カラフルなニットで巨大な子供の遊具を作る堀内紀子。 糸(YARN)を使って表現をする4組のアーティストを追ったドキュメンタリー映画。糸やニットという女性的なものを使ったアートが今世界で求められているのはなぜか、彼女たちは世界を解釈し直し、社会にどのような未来をもたらしてくれるのか。 柔らかいアートがもつ可能性 映画はアイスランドの羊たちの映像から始まる。これはもちろん糸の由来を示すものだが、同時にYARN=糸と自然とのつながりが映画のテーマであることの表明だとも思う。彼女たちのアートは人間と自然とのつながりを見つめ直す作品なのだ。 アートについての映画は、そのアート作品やアーティストと社会との関わりを描き、アートが社会や人々にどのような影響を与え、社会をどの方向に導くかを描く物が多い。特にパブリックアートがテーマのものはその傾向が強い。banksyの映画などはその典型的な例だ。 https://socine.info/2017/08/22/banksy_does_ny/ そして、この映画に登場するアーティストたちも基本的にパブリックアートを手掛けている。中でもティナはグラフィティ・アーティストなので、明らかに社会に向けて作品を発信している。そんな彼女は、作品作りの動機について、「男性の作るまちは角ばっているから、女性の手仕事の柔らかみが欲しい」というようなことを語る。男性的なまちをニットで包み、柔らかくしようというのだ。 (C)Compass Films Production 2016 彼女の生み出すアートを見ながら、もしかしたら彼女の作品のほうが、banksyのような男性的なゲリラアートよりも社会を変える可能性が大きいのではないかと思った。banksyは直接的に社会の変革を訴える。だからわかりやすい。ティナがまちに生み出す温かみは、社会を変えようと訴えはしないが、人々につながることの大切さを思い出させる。 banksyは攻撃によって社会を変えようとするが、ティナは調和によって社会を変えようとしているのではないか。ティナのやり方は遠回りに見えるかもしれないが、実際に社会を変えることができるのは彼女なのかもしれない。banksyは人々に気づきをもたらし味方を増やすことはできるが、「敵」を変えることはできない。ティナはその対決構造そのものを変えようとしているのかもしれない。 その意味では、堀内紀子さんの作品も子どもたちの感受性を育てることで、未来のより良い社会を育もうとしているといえる。彼女は、1970年代に日本の公園を調べて、コンクリートだらけで、高架下だったり汚いところばかりだったことが現在の作品の出発点になったと言っていた。子供の頃の経験がその後の価値観の土台を作るとすると、どのような場所で遊んだか未来に対して大きな異影響を及ぼす。 (C)Compass Films Production 2016 彼女の作品で遊んだ子供がどのような大人になるかはわからないが、コンクリートに囲まれた汚い公園で遊んだ子供より感受性が豊かに成長するだろうと期待が持てる。 女性的なアートが力を持つ未来へ アートの社会における役割はなにか考えてみると、人の感性に訴えることで、価値観の変化を促すものではないか。それが結果的に社会を変えることもある。そんなアートの文脈において、女性の手芸がアートとして価値を持つようになったということは、これからの社会がその感受性、価値観を必要としているということが言えそうだ。これからさらに、モダニズムを牽引してきた男性的なアートは力を失い、自然との調和を図る女性的なアートが力を持つようになるのではないだろうか。 オレクがギャラリーで作品を準備している時、近所のおじいさんが作品を好意的に捉えているのを見ると、彼女たちの作品にはアートと人々をつなぐ力もあるんじゃないかと感じる。もちろん、本当に社会を変えるには男性的なものと女性的なものの両方がなければいけない。ただ、彼女たちのような姿勢のアートが今までなさすぎた。そんなことを思った。 そして、彼女たちのアートからは調和や平和を感じる。それは作品が温かみを持っているのに加え、生活から近いところにあるからだろう。だからこそ、これまでアートと捉えられづらかったわけだが、それをアートに昇華させる彼女たちの力と、思考実験によって人々に気づきをもたらす男性的なアートの力が合わさる地点に至ることができれば、世界はもっと平和になる、そんな希望がもてる気がした。 https://youtu.be/JK4e0x-Tejk 『YARN 人生を彩る糸』Yarn2016年/アイスランド、ポーランド/76分監督:ウナ・ローレンツェン脚本:クリスチャン・アロラ撮影:イガ・ミクラー音楽:オルン・エルドゥヤルン
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