(C)2022 ぴけプロダクション

長野県のほぼ真ん中にある長和町(ながわまち)で発掘調査員として働く大竹幸恵さんは、30年にわたり泥にまみれながら、縄文時代の人々が黒曜石を掘ったあとを発掘している。岩手県洋野町では、高速道路工事に伴う発掘調査が行われ、調査員の八木勝枝さんが調査を指揮している。栃木県の中根八幡遺跡では大学生たちが発掘を行い、そのひとり伊沢加奈子さんは大学院の修了を控え発掘に没頭する。神奈川県秦野市の稲荷木遺跡は新東名高速道路のサービスエリア建設のため、200人もの作業員を動員して大規模な発掘がおこなれている。

全国各地で行われている発掘現場で働く女性たちを追ったドキュメンタリー映画。遺跡の発掘の地味なイメージとは裏腹にポップで楽しい映画になっている。

発掘は楽しい

この映画で何より印象的なのは、発掘している人たちがみんな楽しそうだということだ。発掘は宝探しのようで、ワクワクが止まらない。それが表情に表れて見ているこっちも楽しくなってくる。

私は縄文の愛好家なので、ワクワク度が他の人よりだいぶ高いと思うが、そうでない人でも、きっとワクワクできる。

長野県の大竹さんが、縄文人が黒曜石を掘るのに使った掘り棒を監督に持たせ、3000年も4000年も前の縄文人が使った道具の魅力について語る。土の中から表れる遺物は、数千年前から時間が止まったままで、表れた瞬間にまた時間が動き始めるように見える。ある意味、数千年という時間をすっ飛ばして表れた遺物は縄文時代そのものを閉じ込めた存在で、その遺物を取り上げるということは長い長い時間を手中に収めるのと同じことなのかもしれない。それがこの映画から感じられるロマンなのだ。

(C)2022 ぴけプロダクション

そのロマンはその遺物の考古学的な意味や価値がわからなくても感じられるもので、それは考古学的知識のある調査員ではなく、ただ掘るために雇われている作業員も一度掘り当ててしまうと夢中になってやめられなくなってしまうことからもわかる。

遺跡を掘るという行為には、説明しようのないロマンと魅力があることがこの映画を見ると体感できる。掘りたいという気持ちまで起きてしまうかもしれない。それだけみんな楽しそうに掘っている。伝わってくるその楽しさがこの映画最大の魅力だ。

考古学の意味

そんな楽しい映画だが、たびたびもたげるのが「考古学に意味はあるのか」という疑問だ。顕著なのは、大学院生の伊沢さんで、学生から社会人になるにあたり遺跡の発掘が仕事としてやる意味があるものか問うのは当然と言えば当然かもしれない。

また、遺跡が発掘されるのは道路などの工事の場合が多い。この映画でも岩手と神奈川はそのパターンだ。その場合、発掘が終わるまで工事がストップしてしまうので、早く終わらせてくれという圧力がかかり、発掘の意味はあるのか?という疑問をぶつけられる。

岩手県の道路工事現場で行われる発掘 (C)2022 ぴけプロダクション

長く発掘に大竹さんのあり方はその疑問に答えを出すヒントをくれる。彼女も、この疑問は常に頭の片隅にあるようで、発掘の結果を社会に還元し、何かの役に立つ(という表現があっているかわからないが、少なくともいろいろな人に興味を持ってもらう)ためにやるべきことを考え実践する。ただ発掘し、研究するだけではなく、それを社会に還元すること、それが重要なのだ。

岩手県の八木さんは、東日本大震災の被災地で、多くの人々が思い出を大事にするのを見て、考古学はその土地の思い出を守ることだと考えるようになったという。その考え方自体にはあまりピンとこなかったが、過去を知り保存することが未来にとって大切だというのはそのとおりだと思う。社会への還元というのは即時に起きることではなく、何十年後の未来に起きる場合もある。

いま縄文が脚光を浴びているのは、縄文人のライフスタイルが自然と調和した、いわゆる「SDGs」的なものだということにも起因している。長く野蛮な原始人だと考えられていた縄文人が、長い間の研究の成果によって、現代人が学ぶべき人々に変わったのだ。過去が保存され発掘されなければそんなことは起こらなかった。今は意味あることに思えないことでも、未来の社会にとっては意味あることになるかもしれないので。

どんな学問でもそうだけれど、考古学は特に「役に立たない」学問に見える。実際、未来において役に立つかどうかは今はわからない。でも、わからないことをわかっていれば、「役に立たない」と切り捨てる前に立ち止まって考えることができる。「役に立たないかもしれないけれど大事そうだ」という考えで立ち止まって保存してくれた人たちのおかげで私たちはそれを役立てることができる。

本人たちはただ楽しいからやっているのかもしれないけれど、実は重要なことをやっているのだ。

『掘る女 縄文人の落とし物』
2022年/日本/111分
監督:松本貴子
撮影:門脇妙子、金沢裕司
音楽:川口義之
イラストレーション:スソアキコ
ナレーション:池田晶子
出演:大竹幸恵、八木勝枝、伊沢加奈子

https://i2.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/09/horu_1.jpg?fit=640%2C396&ssl=1https://i2.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/09/horu_1.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovie
(C)2022 ぴけプロダクション 長野県のほぼ真ん中にある長和町(ながわまち)で発掘調査員として働く大竹幸恵さんは、30年にわたり泥にまみれながら、縄文時代の人々が黒曜石を掘ったあとを発掘している。岩手県洋野町では、高速道路工事に伴う発掘調査が行われ、調査員の八木勝枝さんが調査を指揮している。栃木県の中根八幡遺跡では大学生たちが発掘を行い、そのひとり伊沢加奈子さんは大学院の修了を控え発掘に没頭する。神奈川県秦野市の稲荷木遺跡は新東名高速道路のサービスエリア建設のため、200人もの作業員を動員して大規模な発掘がおこなれている。 全国各地で行われている発掘現場で働く女性たちを追ったドキュメンタリー映画。遺跡の発掘の地味なイメージとは裏腹にポップで楽しい映画になっている。 発掘は楽しい この映画で何より印象的なのは、発掘している人たちがみんな楽しそうだということだ。発掘は宝探しのようで、ワクワクが止まらない。それが表情に表れて見ているこっちも楽しくなってくる。 私は縄文の愛好家なので、ワクワク度が他の人よりだいぶ高いと思うが、そうでない人でも、きっとワクワクできる。 長野県の大竹さんが、縄文人が黒曜石を掘るのに使った掘り棒を監督に持たせ、3000年も4000年も前の縄文人が使った道具の魅力について語る。土の中から表れる遺物は、数千年前から時間が止まったままで、表れた瞬間にまた時間が動き始めるように見える。ある意味、数千年という時間をすっ飛ばして表れた遺物は縄文時代そのものを閉じ込めた存在で、その遺物を取り上げるということは長い長い時間を手中に収めるのと同じことなのかもしれない。それがこの映画から感じられるロマンなのだ。 (C)2022 ぴけプロダクション そのロマンはその遺物の考古学的な意味や価値がわからなくても感じられるもので、それは考古学的知識のある調査員ではなく、ただ掘るために雇われている作業員も一度掘り当ててしまうと夢中になってやめられなくなってしまうことからもわかる。 遺跡を掘るという行為には、説明しようのないロマンと魅力があることがこの映画を見ると体感できる。掘りたいという気持ちまで起きてしまうかもしれない。それだけみんな楽しそうに掘っている。伝わってくるその楽しさがこの映画最大の魅力だ。 考古学の意味 そんな楽しい映画だが、たびたびもたげるのが「考古学に意味はあるのか」という疑問だ。顕著なのは、大学院生の伊沢さんで、学生から社会人になるにあたり遺跡の発掘が仕事としてやる意味があるものか問うのは当然と言えば当然かもしれない。 また、遺跡が発掘されるのは道路などの工事の場合が多い。この映画でも岩手と神奈川はそのパターンだ。その場合、発掘が終わるまで工事がストップしてしまうので、早く終わらせてくれという圧力がかかり、発掘の意味はあるのか?という疑問をぶつけられる。 岩手県の道路工事現場で行われる発掘 (C)2022 ぴけプロダクション 長く発掘に大竹さんのあり方はその疑問に答えを出すヒントをくれる。彼女も、この疑問は常に頭の片隅にあるようで、発掘の結果を社会に還元し、何かの役に立つ(という表現があっているかわからないが、少なくともいろいろな人に興味を持ってもらう)ためにやるべきことを考え実践する。ただ発掘し、研究するだけではなく、それを社会に還元すること、それが重要なのだ。 岩手県の八木さんは、東日本大震災の被災地で、多くの人々が思い出を大事にするのを見て、考古学はその土地の思い出を守ることだと考えるようになったという。その考え方自体にはあまりピンとこなかったが、過去を知り保存することが未来にとって大切だというのはそのとおりだと思う。社会への還元というのは即時に起きることではなく、何十年後の未来に起きる場合もある。 いま縄文が脚光を浴びているのは、縄文人のライフスタイルが自然と調和した、いわゆる「SDGs」的なものだということにも起因している。長く野蛮な原始人だと考えられていた縄文人が、長い間の研究の成果によって、現代人が学ぶべき人々に変わったのだ。過去が保存され発掘されなければそんなことは起こらなかった。今は意味あることに思えないことでも、未来の社会にとっては意味あることになるかもしれないので。 どんな学問でもそうだけれど、考古学は特に「役に立たない」学問に見える。実際、未来において役に立つかどうかは今はわからない。でも、わからないことをわかっていれば、「役に立たない」と切り捨てる前に立ち止まって考えることができる。「役に立たないかもしれないけれど大事そうだ」という考えで立ち止まって保存してくれた人たちのおかげで私たちはそれを役立てることができる。 本人たちはただ楽しいからやっているのかもしれないけれど、実は重要なことをやっているのだ。 https://youtu.be/kdKLDdzbF4o 『掘る女 縄文人の落とし物』2022年/日本/111分監督:松本貴子撮影:門脇妙子、金沢裕司音楽:川口義之イラストレーション:スソアキコナレーション:池田晶子出演:大竹幸恵、八木勝枝、伊沢加奈子
Share this: