(C)東海テレビ放送

愛知県豊橋市に本店を構える「久遠チョコレート」は全国に拠点を持つ人気のチョコレート店。その始まりは2003年に代表の夏目浩次さんが始めた小さなパン屋でした。障害者の賃金の低さに衝撃を受けた夏目さんは、障害者にも最低賃金を保証して商売を成り立たせることに挑戦、紆余曲折を経てチョコレートにたどり着き、全国規模の会社にすることができました。

今でも、多くの障害者を雇い、それだけでなくセクシャルマイノリティやシングルマザーを積極的に雇用しながら、挑戦を続ける夏目さんの約20年を追ったドキュメンタリー映画です。東海テレビドキュメンタリー劇場の第14作にあたります。

障害者雇用と映画の物語性

障害者雇用の問題ははっきり言って扱いづらい。障害者を適材適所で雇用して経済的自立を実現しようというのは素晴らしい考え方だ。しかし、障害者とひとくくりに言っても、障害の種類も度合いも幅が広すぎて一つのテーマとして語るのは不可能だ。

この映画はそれを真正面から取り上げる。だから、社会問題を扱うジャーナリズムだとしたら不完全な作品と言わざるをえないものだ。でも、これはドキュメンタリー映画であり、一つの見方に偏っていたとしても、それが見る人が考える糧になればそれでいいというスタンスで作られているからそれでいいのだと思う。物語によって見る人を引き込み、それから考えさせる。そんな作りになっているのだ。

物語のメインになるのは、現在の久遠チョコレートの取り組み。多くの障害者を雇用して製造部門から接客まで様々な場面で活躍させる。知的障害、身体障害などその種類は問わず、一人ひとりができることを見つけ、それをやってもらうことで最低賃金を保証する。

(C)東海テレビ放送

なぜこんな事ができるのか。それが丹念に描かれているのがこの映画のミソだ。その背景には夏目の過去の失敗がある。夏目社長は大学生から社会人になった頃、障害者の給料のやすさに衝撃を受け、彼らに最低賃金を保証する仕事をやってもらおうと街角に小さなパン屋をオープンする。

少し話がそれるが、この映画が成功したカギは、その当時(20年近く前)、夏目社長とパン屋を東海テレビが取材した映像が残っていたことにある。現在の久遠チョコレートの成功に端を発し、これまでの歩みを夏目社長や周辺へのインタビューで掘り下げていったのでは、この物語性は生まれてこなかった。20年前の出来事が映像として残されていたことで時間の経過による変化がビジュアルで表現されて映画に深みが出ていると言える。

話を戻して、そのパン屋時代、夏目社長は自分の給料がないばかりか借金を重ねて苦境に陥り、知的障害のある看板娘の“みかちゃん”を解雇せざるをえない状況に追い込まれてしまった。理想は掲げたもののそう簡単に実現できるものではなかったのだ。最後の出勤日、夏目社長はみかちゃんの母親に叱責され、みかちゃんは母親に連れられて泣きながら職場をあとにする。その二人の姿が非常に印象的だった。

夏目社長はその経験から、障害者一人ひとりのできることできないことをしっかりと把握し、それぞれにあった仕事を見つけ、それを組み合わせることで会社としてビジネスが成り立つような仕組みを目指すようになる。そしてそれにピッタリハマったのがチョコレートづくりだった。

(C)東海テレビ放送

夏目社長はずっとみかちゃんに報いるために事業を続けてきたのかもしれない。第二のみかちゃんを出さないためにどんなに辛くてもやり続ける、その姿は本当にすごい。

映画は現在のみかちゃんの姿も捉える。そして夏目社長との再会も。このシーンはこの映画のクライマックスとも言える場面であり、この映画が描くテーマの複雑さがよく表れる場面でもあった。

拡がっていく雇用と多様性

この映画と久遠チョコレートが焦点を当てるのは障害者だけではない。障害者以外にも、シングルマザーやセクシャルマイノリティも映画に登場する。障害者に合わせて仕事を組み立てたことで、それ以外の通常の働き方が難しい人にも働きやすい職場になり、シングルマザーなどが働きやすい職場になったのだ。

そして、多様性と偏見のなさあらゆる人にとって居心地の良い職場を作り出す。その象徴が”まっちゃん”だ。元菓子職人のまっちゃんは「女性の格好をした男性」の姿で面接にやってくる。夏目社長は外見のことを何も聞かないし、性別も気にしない。まっちゃんはそのことに驚く。自分の好きな格好で好きな仕事をできることは当たり前であるはずなのに、まったく当たり前ではないのが今の社会であり、まっちゃんはその社会に虐げられてきた。久遠チョコレートにはその偏見はまったくない。

(C)東海テレビ放送

よく考えたら(考えなくても)、仕事をするにあたってその人の性別だとかセクシャリティだとかは関係ない。その人の特性の一つとして関係がある場合もあるかもしれないが、重要なのはあくまでその人の特性であり属性ではない。〇〇障害という属性ではなく、障害者一人ひとりの特性が重要なのと同じことだ。

多様性や共生というときに大事になってくるのは、この考え方ではないだろうか。多様性というと様々な属性の人を包摂する社会というイメージがあるが、共生するとなると、それぞれの特性をどう活かすかが重要になってくる。社会が多様性の段階から共生の段階に進むとき、そんなパラダイムシフトが起きるのだろう。

久遠チョコレートは早々とそのシフトを経験し会社の中に共生社会を築き上げつつある。日本社会全体はまだ多様性の段階に入ろうとしているところだ。久遠チョコレートは私達の社会が進むべき道を示してくれている。

だから夏目社長は他の企業の社長たちにもやって見るように言う。やってみればそっちのほうが案外楽しかったりするのだ。

(C)東海テレビ放送

『チョコレートな人々』
2022年/日本/102分
監督:鈴木祐司
撮影:中根芳樹、板谷達男
音楽:本多俊之
出演:宮本信子(ナレーション)

https://i2.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2023/02/quon_2.jpg?fit=640%2C360&ssl=1https://i2.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2023/02/quon_2.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovieドキュメンタリー,多様性,東海テレビ放送,障害者
(C)東海テレビ放送 愛知県豊橋市に本店を構える「久遠チョコレート」は全国に拠点を持つ人気のチョコレート店。その始まりは2003年に代表の夏目浩次さんが始めた小さなパン屋でした。障害者の賃金の低さに衝撃を受けた夏目さんは、障害者にも最低賃金を保証して商売を成り立たせることに挑戦、紆余曲折を経てチョコレートにたどり着き、全国規模の会社にすることができました。 今でも、多くの障害者を雇い、それだけでなくセクシャルマイノリティやシングルマザーを積極的に雇用しながら、挑戦を続ける夏目さんの約20年を追ったドキュメンタリー映画です。東海テレビドキュメンタリー劇場の第14作にあたります。 障害者雇用と映画の物語性 障害者雇用の問題ははっきり言って扱いづらい。障害者を適材適所で雇用して経済的自立を実現しようというのは素晴らしい考え方だ。しかし、障害者とひとくくりに言っても、障害の種類も度合いも幅が広すぎて一つのテーマとして語るのは不可能だ。 この映画はそれを真正面から取り上げる。だから、社会問題を扱うジャーナリズムだとしたら不完全な作品と言わざるをえないものだ。でも、これはドキュメンタリー映画であり、一つの見方に偏っていたとしても、それが見る人が考える糧になればそれでいいというスタンスで作られているからそれでいいのだと思う。物語によって見る人を引き込み、それから考えさせる。そんな作りになっているのだ。 物語のメインになるのは、現在の久遠チョコレートの取り組み。多くの障害者を雇用して製造部門から接客まで様々な場面で活躍させる。知的障害、身体障害などその種類は問わず、一人ひとりができることを見つけ、それをやってもらうことで最低賃金を保証する。 (C)東海テレビ放送 なぜこんな事ができるのか。それが丹念に描かれているのがこの映画のミソだ。その背景には夏目の過去の失敗がある。夏目社長は大学生から社会人になった頃、障害者の給料のやすさに衝撃を受け、彼らに最低賃金を保証する仕事をやってもらおうと街角に小さなパン屋をオープンする。 少し話がそれるが、この映画が成功したカギは、その当時(20年近く前)、夏目社長とパン屋を東海テレビが取材した映像が残っていたことにある。現在の久遠チョコレートの成功に端を発し、これまでの歩みを夏目社長や周辺へのインタビューで掘り下げていったのでは、この物語性は生まれてこなかった。20年前の出来事が映像として残されていたことで時間の経過による変化がビジュアルで表現されて映画に深みが出ていると言える。 話を戻して、そのパン屋時代、夏目社長は自分の給料がないばかりか借金を重ねて苦境に陥り、知的障害のある看板娘の“みかちゃん”を解雇せざるをえない状況に追い込まれてしまった。理想は掲げたもののそう簡単に実現できるものではなかったのだ。最後の出勤日、夏目社長はみかちゃんの母親に叱責され、みかちゃんは母親に連れられて泣きながら職場をあとにする。その二人の姿が非常に印象的だった。 夏目社長はその経験から、障害者一人ひとりのできることできないことをしっかりと把握し、それぞれにあった仕事を見つけ、それを組み合わせることで会社としてビジネスが成り立つような仕組みを目指すようになる。そしてそれにピッタリハマったのがチョコレートづくりだった。 (C)東海テレビ放送 夏目社長はずっとみかちゃんに報いるために事業を続けてきたのかもしれない。第二のみかちゃんを出さないためにどんなに辛くてもやり続ける、その姿は本当にすごい。 映画は現在のみかちゃんの姿も捉える。そして夏目社長との再会も。このシーンはこの映画のクライマックスとも言える場面であり、この映画が描くテーマの複雑さがよく表れる場面でもあった。 拡がっていく雇用と多様性 この映画と久遠チョコレートが焦点を当てるのは障害者だけではない。障害者以外にも、シングルマザーやセクシャルマイノリティも映画に登場する。障害者に合わせて仕事を組み立てたことで、それ以外の通常の働き方が難しい人にも働きやすい職場になり、シングルマザーなどが働きやすい職場になったのだ。 そして、多様性と偏見のなさあらゆる人にとって居心地の良い職場を作り出す。その象徴が'まっちゃん”だ。元菓子職人のまっちゃんは「女性の格好をした男性」の姿で面接にやってくる。夏目社長は外見のことを何も聞かないし、性別も気にしない。まっちゃんはそのことに驚く。自分の好きな格好で好きな仕事をできることは当たり前であるはずなのに、まったく当たり前ではないのが今の社会であり、まっちゃんはその社会に虐げられてきた。久遠チョコレートにはその偏見はまったくない。 (C)東海テレビ放送 よく考えたら(考えなくても)、仕事をするにあたってその人の性別だとかセクシャリティだとかは関係ない。その人の特性の一つとして関係がある場合もあるかもしれないが、重要なのはあくまでその人の特性であり属性ではない。〇〇障害という属性ではなく、障害者一人ひとりの特性が重要なのと同じことだ。 多様性や共生というときに大事になってくるのは、この考え方ではないだろうか。多様性というと様々な属性の人を包摂する社会というイメージがあるが、共生するとなると、それぞれの特性をどう活かすかが重要になってくる。社会が多様性の段階から共生の段階に進むとき、そんなパラダイムシフトが起きるのだろう。 久遠チョコレートは早々とそのシフトを経験し会社の中に共生社会を築き上げつつある。日本社会全体はまだ多様性の段階に入ろうとしているところだ。久遠チョコレートは私達の社会が進むべき道を示してくれている。 だから夏目社長は他の企業の社長たちにもやって見るように言う。やってみればそっちのほうが案外楽しかったりするのだ。 (C)東海テレビ放送 『チョコレートな人々』2022年/日本/102分監督:鈴木祐司撮影:中根芳樹、板谷達男音楽:本多俊之出演:宮本信子(ナレーション)
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