介護士に転身し資格を得たベンが最初の仕事先として紹介されたのは、筋ジストロフィーの青年トレバーの介護だった。母親と二人でイギリスから越してきたばかりのトレバーは家からほとんどでない決まりきった生活を送りながら、ベンに悪質ないたずらを仕掛け、減らず口をたたく「嫌な奴」だった。しかし、ベンの正直さはトレバーに通じ打ち解けたある日、ベンはトレバーがつけている「アメリカの変な名所」を巡る旅に出ることを提案する。

ポール・ラッド主演のヒューマン・コメディ・ロードムービー。障害をモチーフにしながらも深刻にならずトレバーとベンの成長を描いた。Netflixオリジナル作品。

抜群のテンポの良さで見せる

非常にテンポがいい。物語は時間軸にそって進むが、物語上重要な部分以外は飛ばして行くことで、気持ちよく映画が進んでいく感覚がある。

物語はベンが介護士の資格をとるところから始まる。その後、ベンの離婚のエピソードが挟まれたりするが、説明はされない。そして最初の仕事としてトレバーの家を訪れるシーンになる。そこからトレバーと打ち解けるまでの段階が描かれるのかと思いきや、時間が飛んですでに打ち解けた状態になる。その後、小さなエピソードをいくつか挟んですぐにメインの旅へと進む。挟まれたエピソードについて説明はされないが、それは旅の中で解決されていく。物語の種をテンポよく植え付けて、勢いよく旅立つのだ。

旅に出てもテンポの良さは変わらない。ベンの離婚、トレバーの父親などの蒔かれた種を回収しながら最後まで走り続ける。そしてベンとトレバーの物語はピタリと収まって、「ああ面白かった」と終わるいい映画だ。

みな負の要素と向き合わなければならない

このテンポの良さの効果は、見る側に余計なことを考えさせないことだ。トレバーとベンの関係を軸にして、そこにトレバーとベンそれぞれの人生や、旅の途中で出会うドットやピーチズのエピソードを交差させることで、二人の関係性の変化がわかりやすく描かれそこに焦点を当てて見るように自然に仕向けられる。障害者が主人公なので、そこに目が向いてしまいがちだが、トレバーが障害者であることが過度に意識されないように作られているのだ。

もちろん、トレバーに障害があるのは物語の重要な要素の一つだ。しかし、それを障害者の物語にするのではなく、誰もが抱える負の要素のひとつとしているところにこの映画の面白さはある。トレバーは障害のせいでできないことがたくさんある。でも、ベンは過去に捉えられているし、ドットも恵まれた境遇にあるとはいえない。さらにはピーチズもトレバーの母親もベンの奥さんもみんな何らかの負の要素を抱えて生きているのだ。

それぞれがその負の要素とうまくやっていう方法をどう見つけていくのかがこの旅の大切なところになってくる。

この映画はロードムービーだが、ロードムービーというのは旅と人生を重ね合わせて、旅を経験することで人生を前に進ませる物が多い。特に、出会いによって人が変化し、人生との向き合い方が変化するところに面白さがあるものが多い。この映画もそんなロードームービーの王道を行く。ずっと家に閉じこもっていたトレバーが外の世界に触れることで変化していき、それを見守るベンも自分が殻にこもっていたことに気づき変わっていく。

障害は心にある

もちろんメインとなるのはトレバーが自身の障害とどう向き合っていくかだ。旅の前までは過保護な母親によってある意味、障害から目を背けられていた。障害から目を背け自分ができる範囲のことをすることで満足させられてきた。しかし外の世界を見たことで、自分にはもっとできることがあるし、それをすることこそが人生だと気づく。障害は文字通りその障害になるが、それを自分の心構え次第で乗り越えられる。物理的な障害はなんとかなる、なんとかしなければならないのは自分の心の障害の方だと彼は気づいたのだ。

それを気づかせるために、映画の前半に「世界一巨大な牛」のエピソードがある。この「世界一巨大な牛」を見せる施設が身体障害者に適切に対応しておらず、トレバーは諦めようとするがベンは脅迫じみた態度で対応を迫り実際になんとかなる。これはトレバーの諦めてしまう心を克服すれば障害も克服できることを示すエピソードだ。

こんな風にトレバーは様々な出会いを通して自分の心の弱さに向き合って成長していく。

だから障害についての映画としてもすごく良く出来た映画だといえる。映画を見ている間はそれほど障害が意識に上ることはないが、見終わってみて全体を見ると障害にまつわる社会の態度の問題が浮き彫りになってくるのだ。

この映画の原題は「The Fundamentals of Caring」で「ケアの基本」という意味であり「思いやりの基本」という意味でもあるのだろう。障害を乗り越える鍵はケアであると同時に、私たちみんなの思いやり(=心の障害を取り除くこと)だと言っているのかもしれない。

『思いやりのすすめ』
The Fundamentals of Caring
2016年/アメリカ/97分
監督:ロブ・バーネット
原作:ジョナサン・エビソン
脚本:ロブ・バーネット
撮影:ジャイルズ・ナットジェンズ
音楽:ライアン・ミラー
出演:ポール・ラッド、クレイグ・ロバーツ、セレーナ・ゴメス、ジェニファー・イーリー

ishimuraMovieロードムービー,障害者
介護士に転身し資格を得たベンが最初の仕事先として紹介されたのは、筋ジストロフィーの青年トレバーの介護だった。母親と二人でイギリスから越してきたばかりのトレバーは家からほとんどでない決まりきった生活を送りながら、ベンに悪質ないたずらを仕掛け、減らず口をたたく「嫌な奴」だった。しかし、ベンの正直さはトレバーに通じ打ち解けたある日、ベンはトレバーがつけている「アメリカの変な名所」を巡る旅に出ることを提案する。 ポール・ラッド主演のヒューマン・コメディ・ロードムービー。障害をモチーフにしながらも深刻にならずトレバーとベンの成長を描いた。Netflixオリジナル作品。 抜群のテンポの良さで見せる 非常にテンポがいい。物語は時間軸にそって進むが、物語上重要な部分以外は飛ばして行くことで、気持ちよく映画が進んでいく感覚がある。 物語はベンが介護士の資格をとるところから始まる。その後、ベンの離婚のエピソードが挟まれたりするが、説明はされない。そして最初の仕事としてトレバーの家を訪れるシーンになる。そこからトレバーと打ち解けるまでの段階が描かれるのかと思いきや、時間が飛んですでに打ち解けた状態になる。その後、小さなエピソードをいくつか挟んですぐにメインの旅へと進む。挟まれたエピソードについて説明はされないが、それは旅の中で解決されていく。物語の種をテンポよく植え付けて、勢いよく旅立つのだ。 旅に出てもテンポの良さは変わらない。ベンの離婚、トレバーの父親などの蒔かれた種を回収しながら最後まで走り続ける。そしてベンとトレバーの物語はピタリと収まって、「ああ面白かった」と終わるいい映画だ。 みな負の要素と向き合わなければならない このテンポの良さの効果は、見る側に余計なことを考えさせないことだ。トレバーとベンの関係を軸にして、そこにトレバーとベンそれぞれの人生や、旅の途中で出会うドットやピーチズのエピソードを交差させることで、二人の関係性の変化がわかりやすく描かれそこに焦点を当てて見るように自然に仕向けられる。障害者が主人公なので、そこに目が向いてしまいがちだが、トレバーが障害者であることが過度に意識されないように作られているのだ。 もちろん、トレバーに障害があるのは物語の重要な要素の一つだ。しかし、それを障害者の物語にするのではなく、誰もが抱える負の要素のひとつとしているところにこの映画の面白さはある。トレバーは障害のせいでできないことがたくさんある。でも、ベンは過去に捉えられているし、ドットも恵まれた境遇にあるとはいえない。さらにはピーチズもトレバーの母親もベンの奥さんもみんな何らかの負の要素を抱えて生きているのだ。 それぞれがその負の要素とうまくやっていう方法をどう見つけていくのかがこの旅の大切なところになってくる。 この映画はロードムービーだが、ロードムービーというのは旅と人生を重ね合わせて、旅を経験することで人生を前に進ませる物が多い。特に、出会いによって人が変化し、人生との向き合い方が変化するところに面白さがあるものが多い。この映画もそんなロードームービーの王道を行く。ずっと家に閉じこもっていたトレバーが外の世界に触れることで変化していき、それを見守るベンも自分が殻にこもっていたことに気づき変わっていく。 障害は心にある もちろんメインとなるのはトレバーが自身の障害とどう向き合っていくかだ。旅の前までは過保護な母親によってある意味、障害から目を背けられていた。障害から目を背け自分ができる範囲のことをすることで満足させられてきた。しかし外の世界を見たことで、自分にはもっとできることがあるし、それをすることこそが人生だと気づく。障害は文字通りその障害になるが、それを自分の心構え次第で乗り越えられる。物理的な障害はなんとかなる、なんとかしなければならないのは自分の心の障害の方だと彼は気づいたのだ。 それを気づかせるために、映画の前半に「世界一巨大な牛」のエピソードがある。この「世界一巨大な牛」を見せる施設が身体障害者に適切に対応しておらず、トレバーは諦めようとするがベンは脅迫じみた態度で対応を迫り実際になんとかなる。これはトレバーの諦めてしまう心を克服すれば障害も克服できることを示すエピソードだ。 こんな風にトレバーは様々な出会いを通して自分の心の弱さに向き合って成長していく。 だから障害についての映画としてもすごく良く出来た映画だといえる。映画を見ている間はそれほど障害が意識に上ることはないが、見終わってみて全体を見ると障害にまつわる社会の態度の問題が浮き彫りになってくるのだ。 この映画の原題は「The Fundamentals of Caring」で「ケアの基本」という意味であり「思いやりの基本」という意味でもあるのだろう。障害を乗り越える鍵はケアであると同時に、私たちみんなの思いやり(=心の障害を取り除くこと)だと言っているのかもしれない。 『思いやりのすすめ』The Fundamentals of Caring2016年/アメリカ/97分監督:ロブ・バーネット原作:ジョナサン・エビソン脚本:ロブ・バーネット撮影:ジャイルズ・ナットジェンズ音楽:ライアン・ミラー出演:ポール・ラッド、クレイグ・ロバーツ、セレーナ・ゴメス、ジェニファー・イーリー
Share this: