©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

タイの漁業会社の一部には、人身売買で手に入れた奴隷労働者を使っている業者がいる。彼らは何年もの間船から降りることもできず、給料も支払われず、暴力にさらされ、時には命を落とす。そんな被害者たちを救おうと立ち上がったのは、パティマ・タンプチャヤクル。彼女は夫と被害者救済活動を行い、2017年にはノーベル平和賞にノミネートされた。

映画は彼女が救出された被害者に合う様子や、船から逃げ出した被害者を探しにインドネシアへ出向く様子を映し、私たちの目からは隠されている「シーフド産業の闇」に光を当てていく。

とにかく気が滅入る

まず、現代において人さらいも同然のやり方で奴隷にされ、何年も強制的に働かさせる人々がいることが衝撃的で、気が滅入る。この地球上の富の不均衡と貧富の果てしない差についてある程度知っていると思っていたが、実は何も知らなかったのだと思い知らされずにはいられない。

しかもこの映画は、構成がバラバラというか、気が滅入る事実がとにかく並べられるばかりで、全貌が掴みづらく、時系列にも従っていないので、この悲劇がどれくらいの規模ものので、何によってもたらされているのかが一向につかめない。おそらく、現実においてもその全貌が明らかではないからだろうが、そのとらえどころのなさが観る者の絶望をさらに深めていく。

©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

そんな事もあって、私はなかなか映画に入り込めなかった。彼らの証言を聞くと、その境遇があまりに想像の埒外すぎて彼らの心情を慮る事ができないのだ。これならまだホロコーストの被害者のほうが想像しやすいくらいだ。

だから、酷い話だし、なんとかしなきゃいけないことはわかるのだが、自分に引き付けて考えることができない。パティマ・タンプチャヤクルさんのやっている、目の前の人を救うことは素晴らしいが、彼女のやっていることは本当に解決に近づいているのかもよくわからない。

とにかく気が滅入る、それがこの映画を見た素直な感想だ。

シーフード産業の闇とは

とはいえ、そこに問題が存在していることは確かなので、彼らのような人たちがこれ以上生まれないために私たちに何ができるのかを考えなければいけない。

ただそのヒントは映画にはほとんどない。なぜなら被害者たちは自分たちがやっていることがわからないし、パティマも目の前の人達を救うのに必死で、その先へはほとんどアプローチできていないからだ。最後の方に少しだけ政府の対策について語られるが、ヒントはほぼそれだけと言っていいだろう。

©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

ただ、間違いなく言えるのは、このような悲劇が生まれたのは、この奴隷労働によって儲けようという人々がいて、それを黙認している機関があるからだ。そして、この商売が儲かる理由は、海外に高く売れるからであることは間違いない。

私たちが口にするシーフードに彼らが取ったものが含まれているかはわからない。しかし、わからないところに問題がある。それは、私たちが食べているシーフードのトレーサビリティの問題だからだ。例えば、ツナ缶の材料になっているマグロやカツオは正規の漁業で獲られたものなのか、私たちにはわからない。調べればわかるものもあるが、わからないものもある。わからないものがあるということは、そこに違法な出自のものが紛れ込みうるということだ。

それは「闇」だと言わざるをえない。シーフード産業の闇は意外と私たちの近くにあるのだ。

©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.

でもやっぱり気が滅入る

と、社会問題に絡めてみたわけだが、それでもやはり手が届かないというか、私たちの手の中に解決の手がかりがあるとは思えない。消費は投票であって、ものを買う時には、それが社会的に正しいものかどうかを考えなければいけないのはわかる。エコとか、フェアトレードとか、SDGsとか、環境問題とか、すべて考えなければいけないのはわかる。

この問題はまさにSDGsで、今こそ考えるべき問題だ。でもこれまで取り上げられたことがなかったのは、やはり私たちからはあまりに遠い問題だからだ。「奴隷労働で獲られたシーフードは買うな!」と言われたら、それはそうだと思うが、私たちにはそれを判別する能力がない。だから自分ごととは捉えられないのだ。

もちろん、シーフードのトレーサビリティを確立し、大元まで明示してある商品を買えばいいのだが、現状それは可能だろうか、ものすごく頑張ればできるのだろうが、そこまで頑張る気には正直なれない。そして、それができない自分にさらに気が滅入るのだ。

この映画に描かれていることは、もちろんすべての人が知るべきだが、知らないほうが生きやすかった。知らないほうが良かったとは言わないが、知られずに要られたほうが幸せだったのではないか、そんなことを思ってしまうくらい気が滅入る事実だ。

『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』
Ghost Fleet
2018年/アメリカ/90分
監督:シャノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
撮影:ジェフリー・ウォルドロン、ベイジル・チルダース、アレハンドロ・ウィルキンズ、ルーカス・ガス
音楽:マーク・デッリ・アントニ
出演:パティマ・タンプチャヤクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ)

5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/05/ghostfleet1.jpg?fit=1024%2C576&ssl=1https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/05/ghostfleet1.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovieシーフード産業,ドキュメンタリー,資本主義
©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC. タイの漁業会社の一部には、人身売買で手に入れた奴隷労働者を使っている業者がいる。彼らは何年もの間船から降りることもできず、給料も支払われず、暴力にさらされ、時には命を落とす。そんな被害者たちを救おうと立ち上がったのは、パティマ・タンプチャヤクル。彼女は夫と被害者救済活動を行い、2017年にはノーベル平和賞にノミネートされた。 映画は彼女が救出された被害者に合う様子や、船から逃げ出した被害者を探しにインドネシアへ出向く様子を映し、私たちの目からは隠されている「シーフド産業の闇」に光を当てていく。 とにかく気が滅入る まず、現代において人さらいも同然のやり方で奴隷にされ、何年も強制的に働かさせる人々がいることが衝撃的で、気が滅入る。この地球上の富の不均衡と貧富の果てしない差についてある程度知っていると思っていたが、実は何も知らなかったのだと思い知らされずにはいられない。 しかもこの映画は、構成がバラバラというか、気が滅入る事実がとにかく並べられるばかりで、全貌が掴みづらく、時系列にも従っていないので、この悲劇がどれくらいの規模ものので、何によってもたらされているのかが一向につかめない。おそらく、現実においてもその全貌が明らかではないからだろうが、そのとらえどころのなさが観る者の絶望をさらに深めていく。 ©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC. そんな事もあって、私はなかなか映画に入り込めなかった。彼らの証言を聞くと、その境遇があまりに想像の埒外すぎて彼らの心情を慮る事ができないのだ。これならまだホロコーストの被害者のほうが想像しやすいくらいだ。 だから、酷い話だし、なんとかしなきゃいけないことはわかるのだが、自分に引き付けて考えることができない。パティマ・タンプチャヤクルさんのやっている、目の前の人を救うことは素晴らしいが、彼女のやっていることは本当に解決に近づいているのかもよくわからない。 とにかく気が滅入る、それがこの映画を見た素直な感想だ。 シーフード産業の闇とは とはいえ、そこに問題が存在していることは確かなので、彼らのような人たちがこれ以上生まれないために私たちに何ができるのかを考えなければいけない。 ただそのヒントは映画にはほとんどない。なぜなら被害者たちは自分たちがやっていることがわからないし、パティマも目の前の人達を救うのに必死で、その先へはほとんどアプローチできていないからだ。最後の方に少しだけ政府の対策について語られるが、ヒントはほぼそれだけと言っていいだろう。 ©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC. ただ、間違いなく言えるのは、このような悲劇が生まれたのは、この奴隷労働によって儲けようという人々がいて、それを黙認している機関があるからだ。そして、この商売が儲かる理由は、海外に高く売れるからであることは間違いない。 私たちが口にするシーフードに彼らが取ったものが含まれているかはわからない。しかし、わからないところに問題がある。それは、私たちが食べているシーフードのトレーサビリティの問題だからだ。例えば、ツナ缶の材料になっているマグロやカツオは正規の漁業で獲られたものなのか、私たちにはわからない。調べればわかるものもあるが、わからないものもある。わからないものがあるということは、そこに違法な出自のものが紛れ込みうるということだ。 それは「闇」だと言わざるをえない。シーフード産業の闇は意外と私たちの近くにあるのだ。 ©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC. でもやっぱり気が滅入る と、社会問題に絡めてみたわけだが、それでもやはり手が届かないというか、私たちの手の中に解決の手がかりがあるとは思えない。消費は投票であって、ものを買う時には、それが社会的に正しいものかどうかを考えなければいけないのはわかる。エコとか、フェアトレードとか、SDGsとか、環境問題とか、すべて考えなければいけないのはわかる。 この問題はまさにSDGsで、今こそ考えるべき問題だ。でもこれまで取り上げられたことがなかったのは、やはり私たちからはあまりに遠い問題だからだ。「奴隷労働で獲られたシーフードは買うな!」と言われたら、それはそうだと思うが、私たちにはそれを判別する能力がない。だから自分ごととは捉えられないのだ。 もちろん、シーフードのトレーサビリティを確立し、大元まで明示してある商品を買えばいいのだが、現状それは可能だろうか、ものすごく頑張ればできるのだろうが、そこまで頑張る気には正直なれない。そして、それができない自分にさらに気が滅入るのだ。 この映画に描かれていることは、もちろんすべての人が知るべきだが、知らないほうが生きやすかった。知らないほうが良かったとは言わないが、知られずに要られたほうが幸せだったのではないか、そんなことを思ってしまうくらい気が滅入る事実だ。 https://youtu.be/SBuys0e5Su4 『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』Ghost Fleet2018年/アメリカ/90分監督:シャノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン撮影:ジェフリー・ウォルドロン、ベイジル・チルダース、アレハンドロ・ウィルキンズ、ルーカス・ガス音楽:マーク・デッリ・アントニ出演:パティマ・タンプチャヤクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ) 5月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
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