女性として二人目のアメリカ合衆国連邦最高裁判事となったルース・ベイダー・ギンズバーグ。若い頃から弁護士として女性の地位向上に粉骨砕身してきた彼女がはいかにして「Notorious(悪名高い)R.B.G.」とも呼ばれる国民的アイコンとなったのか。
映画を見るとアメリカがなぜ「自由の国」と呼ばれるのかが少しわかると同時に、その自由が危機にひんしていることもわかる。そして、なぜ日本ではいつまで立ってもジェンダーギャップが埋まらないのかを考えるヒントも与えてくれる。
わからず屋の男どもを説得する戦略
この映画で特に面白いのは前半だ。1933年生まれの彼女は、女性が弁護士になるなど考えられなかった時代にハーバードロースクールに入って優秀な成績を収め、卒業後は教育者として後進の育成に努めながら、70年代に入ると男女平等を実現するための訴訟に関わるようになる。
彼女の目的はここの訴訟に勝つこともそうだが、その背後にある女性差別を前提とした法体系の変革で、そのためには最高裁で争うことが重要と考える。そして、最高裁の判事たちを「差別が存在していることすらわかっていない男性」と考えて「幼稚園児に教えるように」差別がある現状を訴訟を通して伝えようとする。
印象的だったのは、シングルファザーにはひとり親手当が支払われないことが違憲だとして争った訴訟。男性が差別を受けていることを主張することで、その背景にある男女の役割分担という社会制度の歪みをあぶり出そうというのだ。
男性のひとり親に手当が払われないのは、男性は稼ぎ女性は家庭を守るものという考え方が根底にあるからで、稼ぎ手をなくした女性には手当を払うが、稼ぎてである男性には払わなくていいという前提に立ったものだ。
つまり、男性に手当が払われないのは女性が従属的な地位にあることが前提とされているからで、それが結果的に男性の不利益にもつながっているのだ。
このように弾性側の視点から女性差別問題を捉えることで「差別が存在していることすらわかっていない男性」に差別が存在することで社会が被る不利益をわからせる。それがRBGがとった戦略なのだ。
最高裁の判事たちもその地位につけるだけの見識を備えているだけに、RBGの考えを理解し、法体系も徐々に変わっていく。
RBGの「真の変化は一歩ずつ進むもの」という言葉も印象的だったが、まさに、わからず屋の男どもを説得するためには一歩一歩着実に進んでいかなければいけなかったのだ。
幸せな家庭は前提か
後半は、このRBGがそうやって最高裁判事になり、そこからどうやって国民的アイコンとなったのかが描かれる。
最高裁判事になる過程というのは個人的にはあまりピンとこなかったが、ここで重点的に描かれるのは夫を中心とした家族との関係で、理解のある夫であり、二人の強い結びつきがあったからこそ彼女はここまで活躍することができたという論法になる。
これってどうなんだろう?周囲の支えがあって初めて彼女は数々の偉業を行えたというのはわかる。ただそれを夫との関係に還元してしまうのはどうなのだろうか。彼女の一家の描かれ方が前時代的な家族のカタチの男女をヒックリ返しただけのもののようにもみえてしまってちょっともやもやした。
むしろ興味深かったのは、最高裁判事として立場は正反対ながら親友となった同僚の話。立場は違っていても人間同士はわかりあえるし友情も生まれうるというのが希望を抱かせるものだった。
こういうステレオタイプから外れた人間性というのが彼女の魅力であり、すべての人が平等である社会を求める姿勢に説得力を与える。だからこそ家族という型に彼女をはめるのはどうなのか、ドラマの組み立てとしてはちょっと疑問を感じた。
家族エピソードがある方が人間味が出るとは思うが、それをことさら強調しなくても彼女からは人間味が溢れているのだから。
なくならない女性差別
さて、最高裁判事としてRBGの活躍は、弁護士時代と変わらない。男女差別を法律の俎上に上げそれを解消していく。兵学校への女性の入学を認めさせたり、賃金差別を解消させたり。判事の構成が保守寄りになると、痛烈な反対意見を述べて最高裁の判決を批判する。その舌鋒の鋭さで彼女はリベラルな人々の支持を広く集め、スターになっていくのだ。
映画を見ていて、最高裁判事が多くの国民に名前を知られるという現象になんだか羨ましさを覚えた。アメリカではそれだけ法律が人々の生活の近いものだからだ。
もちろん、彼女を歯牙にもかけない保守派もたくさんいる。自分が差別していることも、差別が存在していることもわかってない男もたくさんいる。だから女性差別はなくならない。でも、RBGの孫はハーバードロースクールの入学者が男女同数になったと告げるし、RBGは女性の入学を認めさせた兵学校に呼ばれて講演をする。
ここからみえるのは、意見は違っても相手を認める姿勢だ。それがあるからアメリカは自由の国なのだ。それがうらやましい。
『RBG 最強の85才』
2018年/アメリカ/98分
RBG
監督:ベッツィ・ウェスト、ジュリー・コーエン
出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ
『RGB 最強の85才』をAmazonPrimeのレンタルで見る。
https://socine.info/2021/02/05/rgb/https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2021/02/rgb1.jpg?fit=640%2C360&ssl=1https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2021/02/rgb1.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovieドキュメンタリー,女性差別(C)Cable News Network. All rights reserved.
女性として二人目のアメリカ合衆国連邦最高裁判事となったルース・ベイダー・ギンズバーグ。若い頃から弁護士として女性の地位向上に粉骨砕身してきた彼女がはいかにして「Notorious(悪名高い)R.B.G.」とも呼ばれる国民的アイコンとなったのか。
映画を見るとアメリカがなぜ「自由の国」と呼ばれるのかが少しわかると同時に、その自由が危機にひんしていることもわかる。そして、なぜ日本ではいつまで立ってもジェンダーギャップが埋まらないのかを考えるヒントも与えてくれる。
わからず屋の男どもを説得する戦略
この映画で特に面白いのは前半だ。1933年生まれの彼女は、女性が弁護士になるなど考えられなかった時代にハーバードロースクールに入って優秀な成績を収め、卒業後は教育者として後進の育成に努めながら、70年代に入ると男女平等を実現するための訴訟に関わるようになる。
彼女の目的はここの訴訟に勝つこともそうだが、その背後にある女性差別を前提とした法体系の変革で、そのためには最高裁で争うことが重要と考える。そして、最高裁の判事たちを「差別が存在していることすらわかっていない男性」と考えて「幼稚園児に教えるように」差別がある現状を訴訟を通して伝えようとする。
印象的だったのは、シングルファザーにはひとり親手当が支払われないことが違憲だとして争った訴訟。男性が差別を受けていることを主張することで、その背景にある男女の役割分担という社会制度の歪みをあぶり出そうというのだ。
男性のひとり親に手当が払われないのは、男性は稼ぎ女性は家庭を守るものという考え方が根底にあるからで、稼ぎ手をなくした女性には手当を払うが、稼ぎてである男性には払わなくていいという前提に立ったものだ。
つまり、男性に手当が払われないのは女性が従属的な地位にあることが前提とされているからで、それが結果的に男性の不利益にもつながっているのだ。
このように弾性側の視点から女性差別問題を捉えることで「差別が存在していることすらわかっていない男性」に差別が存在することで社会が被る不利益をわからせる。それがRBGがとった戦略なのだ。
最高裁の判事たちもその地位につけるだけの見識を備えているだけに、RBGの考えを理解し、法体系も徐々に変わっていく。
RBGの「真の変化は一歩ずつ進むもの」という言葉も印象的だったが、まさに、わからず屋の男どもを説得するためには一歩一歩着実に進んでいかなければいけなかったのだ。
(C)Cable News Network. All rights reserved.
幸せな家庭は前提か
後半は、このRBGがそうやって最高裁判事になり、そこからどうやって国民的アイコンとなったのかが描かれる。
最高裁判事になる過程というのは個人的にはあまりピンとこなかったが、ここで重点的に描かれるのは夫を中心とした家族との関係で、理解のある夫であり、二人の強い結びつきがあったからこそ彼女はここまで活躍することができたという論法になる。
これってどうなんだろう?周囲の支えがあって初めて彼女は数々の偉業を行えたというのはわかる。ただそれを夫との関係に還元してしまうのはどうなのだろうか。彼女の一家の描かれ方が前時代的な家族のカタチの男女をヒックリ返しただけのもののようにもみえてしまってちょっともやもやした。
むしろ興味深かったのは、最高裁判事として立場は正反対ながら親友となった同僚の話。立場は違っていても人間同士はわかりあえるし友情も生まれうるというのが希望を抱かせるものだった。
こういうステレオタイプから外れた人間性というのが彼女の魅力であり、すべての人が平等である社会を求める姿勢に説得力を与える。だからこそ家族という型に彼女をはめるのはどうなのか、ドラマの組み立てとしてはちょっと疑問を感じた。
家族エピソードがある方が人間味が出るとは思うが、それをことさら強調しなくても彼女からは人間味が溢れているのだから。
(C)Cable News Network. All rights reserved.
なくならない女性差別
さて、最高裁判事としてRBGの活躍は、弁護士時代と変わらない。男女差別を法律の俎上に上げそれを解消していく。兵学校への女性の入学を認めさせたり、賃金差別を解消させたり。判事の構成が保守寄りになると、痛烈な反対意見を述べて最高裁の判決を批判する。その舌鋒の鋭さで彼女はリベラルな人々の支持を広く集め、スターになっていくのだ。
映画を見ていて、最高裁判事が多くの国民に名前を知られるという現象になんだか羨ましさを覚えた。アメリカではそれだけ法律が人々の生活の近いものだからだ。
もちろん、彼女を歯牙にもかけない保守派もたくさんいる。自分が差別していることも、差別が存在していることもわかってない男もたくさんいる。だから女性差別はなくならない。でも、RBGの孫はハーバードロースクールの入学者が男女同数になったと告げるし、RBGは女性の入学を認めさせた兵学校に呼ばれて講演をする。
ここからみえるのは、意見は違っても相手を認める姿勢だ。それがあるからアメリカは自由の国なのだ。それがうらやましい。
https://youtu.be/srcAdANmQ8w
『RBG 最強の85才』2018年/アメリカ/98分RBG 監督:ベッツィ・ウェスト、ジュリー・コーエン出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ
『RGB 最強の85才』をAmazonPrimeのレンタルで見る。
Kenji
Ishimuraishimura@cinema-today.netAdministratorライター/映画観察者。
2000年から「ヒビコレエイガ」主宰、ライターとしてgreenz.jpなどに執筆中。まとめサイト→https://note.mu/ishimurakenji
映画、アート、書籍などのレビュー記事、インタビュー記事、レポート記事が得意。ソーシネ
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