2011年3月11日の夜、福島第一原発の事故により周囲2キロの住民に対する避難指示が出された、その範囲は徐々に広がり12日には20キロ圏内まで拡大された。

震災当時、原発から12キロに位置する富岡町で暮らしていた松村直登さんは、避難指示に従わず、残された動物たちにエサをあげ続けた。高齢の両親は避難し、ナオトさんは一人、避難指示区域に残った。

ペットの犬や猫に加え、東京電力のマスコットだったダチョウ、畜産農家から託された牛も世話をするナオトさんだが畜産は素人で試行錯誤しながら世話をする。2013年には富岡町の一部が避難指示解除準備区域になったが、2014年時点でもナオトさんは引き続き一人だった(富岡町の避難指示の解除は2017年4月)。

動物も被害者

この映画の主人公はナオトさんではなく、牛だと私は思った。映画のほとんどが牛の世話のシーンに占められ、素人のナオトさんが苦心しながら世話をする様子が淡々と映される。

3年前のカビが生えた餌を食べて下痢をし死んでしまう牛、餌の争奪戦に負けてやせ細っていく牛、新たに生まれてくる子牛などなど。さらに、別の場所で100頭以上の牛が放置され餓死し、白骨化してしまった様子も移される。

ナオトさんは動物の世話をしながら「自然を克服しようとしても無理」とぼそっと言う。

この言葉が意味するのは、まず動物を家畜化して、閉じ込めておくことから生じる無理のことだろう。本来の野生を失い世話をしてやらなければ死んでしまう動物たち。一方で、野生化したイノブタは増殖し、牛も野生化し、山から降りてきてナオトさんの牛と交尾をしたらしい。

そしてもちろん、原発事故のことも示している。自然をコントロールしていたつもりの人間が自然の力に大きなしっぺ返しを受けてしまった事故。自然を克服し、人間にとって便利な電気を生み出すためにつくった危険な施設が自然の力によって破壊された。人間の思い上がりか、ただ単に無知だっただけなのか。

そして、その影響は人類だけでなく他の動植物にも及んでしまった。沢山の動物が殺処分され、つないだままおいていかれて餓死し、放射能汚染の影響で命を落とす。

この映画を見ていて、自然に対してなんとも申し訳ない気持ちになった。ナオトさんは動物たちを見ながら「コイツらも被害者なんだ」と言っていた。彼は人間を代表して自然に対する罪を償っているかもしれない。

ナオトさんの人間臭さと自然

そんな素晴らしいことをしているナオトさんだが、決して聖人君子ではない。というか、なんでそんなことをしているのかわからないし、自分でもわかっていないのではないか。

ただ目の前に世話をしなければいけない動物がいるからする。それだけの理由でずっと一人で残るのはちょっと意味がわからないし、言ってしまえば変わった人だ。15年前に奥さんにも逃げられているし、社会人としてはあまり褒められた人ではないのかもしれない。

でもだからこそ、生々しさがでてこの映画はいい。2014年の日本の現実がそこにある。私たちは決して忘れてはいけない現実が。

ナオトさんはなぜ一人残ったのか。ナオトさんとずっと親しくしているという記者さんはナオトさんは地元のことが好きで「30年後に住めたらいい」と話していたと語る。

ナオトさんは原発が来て町が変わってしまったという話もしていたので、原発が来る前の前が好きだったのだろう。30年後にはそんな地元に戻って、そこでみんな暮らせたらいい、そんな希望をいだいているのかもしれない。

それはおそらく、人間が自然の一部として暮らす場所だ。もちろん自然を人間の都合のいいように改変してはいるけれど、それでも自然を克服するのではなく、自然に抱かれて自然の恵みをいただく暮らしなのではないか。

この映画でナオトさんの姿を見て、人間は人間臭く自然とやり合うくらいが一番バランスがいいのではないか、そんなことを思った。

余談

余談だが、福島第一原発でマスコットだったというダチョウの話にも考えさせられ。福島と縁もゆかりもないダチョウを飼っていたというのも苦笑せざるを得ないが、人間の傲慢さと、原発が自然と切り離された存在であることと、それをおかしいと思っていない考え方の象徴とも思える。そんなダチョウを、ナオトさんは大事に育てる。しかし、そのうちの一羽は自分の頭を蹴って死んでしまうのだ。なんとも切ない話だ。

もう一つ、ナオトさんの家の壁に安倍昭恵さんのサインがあった、しかも2つも。監督も意図的にそれが映った映像を使っている。何もわかってないんだなと思う。

わたしたちはみんな、この10年でいろいろなことを感じ、考えた。でもその大半は忘れてしまった。この映画の限らず、3月11日という契機に、いろいろな映像を見たり、文章を読んだり、人の話を聞いたりすることで思い出すことがある。それが大事なんだと私は毎年言う。

『ナオトひとりっきり』
2014年/日本/98分
監督:中村真夕
撮影:中村真夕
音楽:寺尾紗穂
出演:松村直登

『ナオトひとりっきり』をAmazonPrimeで見る https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2021/03/naoto_1.jpg?fit=640%2C360&ssl=1https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2021/03/naoto_1.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraFeaturedMovie3.11,ドキュメンタリー,東日本大震災
2011年3月11日の夜、福島第一原発の事故により周囲2キロの住民に対する避難指示が出された、その範囲は徐々に広がり12日には20キロ圏内まで拡大された。 震災当時、原発から12キロに位置する富岡町で暮らしていた松村直登さんは、避難指示に従わず、残された動物たちにエサをあげ続けた。高齢の両親は避難し、ナオトさんは一人、避難指示区域に残った。 ペットの犬や猫に加え、東京電力のマスコットだったダチョウ、畜産農家から託された牛も世話をするナオトさんだが畜産は素人で試行錯誤しながら世話をする。2013年には富岡町の一部が避難指示解除準備区域になったが、2014年時点でもナオトさんは引き続き一人だった(富岡町の避難指示の解除は2017年4月)。 動物も被害者 この映画の主人公はナオトさんではなく、牛だと私は思った。映画のほとんどが牛の世話のシーンに占められ、素人のナオトさんが苦心しながら世話をする様子が淡々と映される。 3年前のカビが生えた餌を食べて下痢をし死んでしまう牛、餌の争奪戦に負けてやせ細っていく牛、新たに生まれてくる子牛などなど。さらに、別の場所で100頭以上の牛が放置され餓死し、白骨化してしまった様子も移される。 ナオトさんは動物の世話をしながら「自然を克服しようとしても無理」とぼそっと言う。 この言葉が意味するのは、まず動物を家畜化して、閉じ込めておくことから生じる無理のことだろう。本来の野生を失い世話をしてやらなければ死んでしまう動物たち。一方で、野生化したイノブタは増殖し、牛も野生化し、山から降りてきてナオトさんの牛と交尾をしたらしい。 そしてもちろん、原発事故のことも示している。自然をコントロールしていたつもりの人間が自然の力に大きなしっぺ返しを受けてしまった事故。自然を克服し、人間にとって便利な電気を生み出すためにつくった危険な施設が自然の力によって破壊された。人間の思い上がりか、ただ単に無知だっただけなのか。 そして、その影響は人類だけでなく他の動植物にも及んでしまった。沢山の動物が殺処分され、つないだままおいていかれて餓死し、放射能汚染の影響で命を落とす。 この映画を見ていて、自然に対してなんとも申し訳ない気持ちになった。ナオトさんは動物たちを見ながら「コイツらも被害者なんだ」と言っていた。彼は人間を代表して自然に対する罪を償っているかもしれない。 ナオトさんの人間臭さと自然 そんな素晴らしいことをしているナオトさんだが、決して聖人君子ではない。というか、なんでそんなことをしているのかわからないし、自分でもわかっていないのではないか。 ただ目の前に世話をしなければいけない動物がいるからする。それだけの理由でずっと一人で残るのはちょっと意味がわからないし、言ってしまえば変わった人だ。15年前に奥さんにも逃げられているし、社会人としてはあまり褒められた人ではないのかもしれない。 でもだからこそ、生々しさがでてこの映画はいい。2014年の日本の現実がそこにある。私たちは決して忘れてはいけない現実が。 ナオトさんはなぜ一人残ったのか。ナオトさんとずっと親しくしているという記者さんはナオトさんは地元のことが好きで「30年後に住めたらいい」と話していたと語る。 ナオトさんは原発が来て町が変わってしまったという話もしていたので、原発が来る前の前が好きだったのだろう。30年後にはそんな地元に戻って、そこでみんな暮らせたらいい、そんな希望をいだいているのかもしれない。 それはおそらく、人間が自然の一部として暮らす場所だ。もちろん自然を人間の都合のいいように改変してはいるけれど、それでも自然を克服するのではなく、自然に抱かれて自然の恵みをいただく暮らしなのではないか。 この映画でナオトさんの姿を見て、人間は人間臭く自然とやり合うくらいが一番バランスがいいのではないか、そんなことを思った。 余談 余談だが、福島第一原発でマスコットだったというダチョウの話にも考えさせられ。福島と縁もゆかりもないダチョウを飼っていたというのも苦笑せざるを得ないが、人間の傲慢さと、原発が自然と切り離された存在であることと、それをおかしいと思っていない考え方の象徴とも思える。そんなダチョウを、ナオトさんは大事に育てる。しかし、そのうちの一羽は自分の頭を蹴って死んでしまうのだ。なんとも切ない話だ。 もう一つ、ナオトさんの家の壁に安倍昭恵さんのサインがあった、しかも2つも。監督も意図的にそれが映った映像を使っている。何もわかってないんだなと思う。 わたしたちはみんな、この10年でいろいろなことを感じ、考えた。でもその大半は忘れてしまった。この映画の限らず、3月11日という契機に、いろいろな映像を見たり、文章を読んだり、人の話を聞いたりすることで思い出すことがある。それが大事なんだと私は毎年言う。 https://youtu.be/eBZKAc9Jr38 『ナオトひとりっきり』2014年/日本/98分監督:中村真夕撮影:中村真夕音楽:寺尾紗穂出演:松村直登 『ナオトひとりっきり』をAmazonPrimeで見る
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