©A Light Never Goes Out Limited

元ネオン職人の夫ビウを亡くし、悲嘆に暮れるヒョンだったが、ある日ビウのズボンから10年前に閉じたはずの工房の鍵が出てくる。ヒョンが工房に行ってみると、工房はそのままで、作りかけのネオン管や最近の注文票まであった。娘のチョイホンはそんなはずがないと母親の正気を疑うが、翌日の夜、ヒョンが再び工房に行くと、そこにはビウの弟子だという若い男レオがいた。

消えゆく香港のネオン文化への郷愁を背景に、様々な人間関係を描いたヒューマンドラマ。古き良き香港と現代を対比させながら、懐古趣味には回収されないように香港文化を描き、味わい深い物語に仕上げている。香港出身でフランスで映画づくりを学んだアナスタシア・ツァン監督の長編デビュー作。

すれちがう母と娘

物語の中心にあるのは、夫婦と親子、それと周りの人たちの関係だ。最初はすごく仲のいい夫婦の話かと思うが、ずっと順調なわけではもちろんなく、時には対立したり、軋轢があったりして、それに一人娘のチョイホンは影響を受け、3人の関係はなんとも言えないバランスで成り立つようになったのだろう。

その中で、夫/父のビウがなくなり、母と娘の関係も変化せざるをえない。チョイホンは結婚してオーストラリアへ移住することを決めているが、そのことをまだ母には話していない。それは父が死ぬ前からの計画で、そのような計画を立てる背景には母と娘の微妙な関係性が大きな要素としてある。

ヒョンの方も夫の思い出と残した工房に拘泥し、娘とまっすぐ向き合おうとしない。ビウの死後、二人はすれ違いを続けているようにみえる。

その中で、ビウのやり残した仕事と弟子のレオが二人の生活の中に入り込み、それによってそれぞれが過去を振り返り、これからの母と娘の関係をどうしていくかにようやく向き合っていくという物語だ。

そこに、レオと祖母、ネオンを注文した夫婦などの関係が織り込まれ、親しい人との関係をどう考えるかという普遍的な物語が編まれていき、すごくいいヒューマンドラマになっている。

©A Light Never Goes Out Limited

香港のネオンと現代社会

そんな人間関係を考える上でネオンももちろん重要な要素になっている。香港といえばまばゆいネオンに溢れた街というイメージだったが、いまでは規制の関係もあってネオンはどんどん減っているという。そんな昔と今の街の対比も織り交ぜながら、香港のネオン文化も語られる。

ビウは10年前にいったんは工房を閉じたが、ネオンの技術を後継者に伝えなければという思い出、レオを弟子に取り、技術を教えながら少ない仕事を請け負ってやっていた。

香港を象徴するものでったネオンを守ることはビウにとって大きな意味があるし、香港の人たちにとっても大きな意味があるようだ。香港に人たちの思い出はネオンとともにあるということが丁寧に描かれている。さらに単なる懐古趣味ではなく、文化が多様化していく中で、香港の特徴的な文化の一つとしてネオンを守っていくことが香港の文化的価値を高めるという価値観が存在しているように思える。

レオは何をやってもうまくいかず、ビウに初めて「才能がある」と言われたと話す。現代社会は一つの価値観に基づいてそこにフィットする人が成功する世の中ではなく、それぞれが得意なことを見つけ、そこで活躍することで多様性を持つ社会として調和する世の中だ。その中でレオはネオン職人に可能性を見つけた。そして、それを支援してくれる人を探して生きていこうとしているのだ。

もちろんマーケットが縮小しているので簡単ではないが、多様な文化を守ることが社会にとって大事だという認識は少しずつ広まっていて、文化を守る(という意識があるかどうかは分からないが)ファンによって支えられている文化も多くある。香港のネオンもそんな文化の一つとして生き残っていくのだろう。この映画もそれを支える一要素になるのかもしれない。

©A Light Never Goes Out Limited

この映画はコミカルなダンスシーンもあったり、楽しくて味わい深く、見終わって「ああ、いい映画だったな」と思うような映画だった。

そんな映画でありながら、要素を紐解いていくと、示唆的で考えさせられる。人間関係も文化も時間とともに変化する。その中で自分はどう生き、他者や社会とどう向き合うのか、それが問われているような気になった。

『消えゆく燈火』
A Lights Never Goes Out
2022年/香港/103分
監督・脚本:アナスタシア・ツァン
脚本:チョイ・ソーマン
撮影:レオン・ミンカイ
出演:シルヴィア・チャン、サイモン・ヤム、セシリア・チョイ、へニック・チョウ

東京国際映画祭『消えゆく燈火』

https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/10/Light_Never_Goes_Out_main.jpg?fit=1024%2C683&ssl=1https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/10/Light_Never_Goes_Out_main.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovie夫婦,香港
©A Light Never Goes Out Limited 元ネオン職人の夫ビウを亡くし、悲嘆に暮れるヒョンだったが、ある日ビウのズボンから10年前に閉じたはずの工房の鍵が出てくる。ヒョンが工房に行ってみると、工房はそのままで、作りかけのネオン管や最近の注文票まであった。娘のチョイホンはそんなはずがないと母親の正気を疑うが、翌日の夜、ヒョンが再び工房に行くと、そこにはビウの弟子だという若い男レオがいた。 消えゆく香港のネオン文化への郷愁を背景に、様々な人間関係を描いたヒューマンドラマ。古き良き香港と現代を対比させながら、懐古趣味には回収されないように香港文化を描き、味わい深い物語に仕上げている。香港出身でフランスで映画づくりを学んだアナスタシア・ツァン監督の長編デビュー作。 すれちがう母と娘 物語の中心にあるのは、夫婦と親子、それと周りの人たちの関係だ。最初はすごく仲のいい夫婦の話かと思うが、ずっと順調なわけではもちろんなく、時には対立したり、軋轢があったりして、それに一人娘のチョイホンは影響を受け、3人の関係はなんとも言えないバランスで成り立つようになったのだろう。 その中で、夫/父のビウがなくなり、母と娘の関係も変化せざるをえない。チョイホンは結婚してオーストラリアへ移住することを決めているが、そのことをまだ母には話していない。それは父が死ぬ前からの計画で、そのような計画を立てる背景には母と娘の微妙な関係性が大きな要素としてある。 ヒョンの方も夫の思い出と残した工房に拘泥し、娘とまっすぐ向き合おうとしない。ビウの死後、二人はすれ違いを続けているようにみえる。 その中で、ビウのやり残した仕事と弟子のレオが二人の生活の中に入り込み、それによってそれぞれが過去を振り返り、これからの母と娘の関係をどうしていくかにようやく向き合っていくという物語だ。 そこに、レオと祖母、ネオンを注文した夫婦などの関係が織り込まれ、親しい人との関係をどう考えるかという普遍的な物語が編まれていき、すごくいいヒューマンドラマになっている。 ©A Light Never Goes Out Limited 香港のネオンと現代社会 そんな人間関係を考える上でネオンももちろん重要な要素になっている。香港といえばまばゆいネオンに溢れた街というイメージだったが、いまでは規制の関係もあってネオンはどんどん減っているという。そんな昔と今の街の対比も織り交ぜながら、香港のネオン文化も語られる。 ビウは10年前にいったんは工房を閉じたが、ネオンの技術を後継者に伝えなければという思い出、レオを弟子に取り、技術を教えながら少ない仕事を請け負ってやっていた。 香港を象徴するものでったネオンを守ることはビウにとって大きな意味があるし、香港の人たちにとっても大きな意味があるようだ。香港に人たちの思い出はネオンとともにあるということが丁寧に描かれている。さらに単なる懐古趣味ではなく、文化が多様化していく中で、香港の特徴的な文化の一つとしてネオンを守っていくことが香港の文化的価値を高めるという価値観が存在しているように思える。 レオは何をやってもうまくいかず、ビウに初めて「才能がある」と言われたと話す。現代社会は一つの価値観に基づいてそこにフィットする人が成功する世の中ではなく、それぞれが得意なことを見つけ、そこで活躍することで多様性を持つ社会として調和する世の中だ。その中でレオはネオン職人に可能性を見つけた。そして、それを支援してくれる人を探して生きていこうとしているのだ。 もちろんマーケットが縮小しているので簡単ではないが、多様な文化を守ることが社会にとって大事だという認識は少しずつ広まっていて、文化を守る(という意識があるかどうかは分からないが)ファンによって支えられている文化も多くある。香港のネオンもそんな文化の一つとして生き残っていくのだろう。この映画もそれを支える一要素になるのかもしれない。 ©A Light Never Goes Out Limited この映画はコミカルなダンスシーンもあったり、楽しくて味わい深く、見終わって「ああ、いい映画だったな」と思うような映画だった。 そんな映画でありながら、要素を紐解いていくと、示唆的で考えさせられる。人間関係も文化も時間とともに変化する。その中で自分はどう生き、他者や社会とどう向き合うのか、それが問われているような気になった。 『消えゆく燈火』A Lights Never Goes Out2022年/香港/103分監督・脚本:アナスタシア・ツァン脚本:チョイ・ソーマン撮影:レオン・ミンカイ出演:シルヴィア・チャン、サイモン・ヤム、セシリア・チョイ、へニック・チョウ 東京国際映画祭『消えゆく燈火』
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