ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』が話題になっているジャンフランコ・ロージ監督、このロージ監督がヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞して注目を集めた作品がこの『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』だ。

ローマ市の外側を取り巻く高速道路「環状線GRA」の周辺に暮らす人々の生活を描いたこの作品、市井の人々を対象としたという意味でNHKの「ドキュメント72時間」のようなものかと思ったが違った。ちなみにドキュメント72時間にも国道16号をテーマにした回があって、それはそれで面白かった。

72時間の話はさておき、こちらの『ローマ環状線』は、インタビューなどをするわけではなく、人々の普段の生活を切り取っていく。登場するのは、ヤシの木の中に住む虫の音を研究する研究者、古い貴族の館を貸して生活する男、救急隊員、車上で暮らす初老の2人の女性、うなぎ漁師など雑多な人たちが暮らす空港近くの集合住宅などだ。

© DocLab

これらの人々は決してごく普通とは言えない人たちだ。車上で暮らす2人の女性は売春婦なのか、警察に捕まった話をしている。集合住宅には、DJの練習をするインド系っぽい少年と家族や、どうでもいいことを喋り続ける老人とその娘などがいて、モダンな建物には似合わないように見えるが、話を聞いていると水害かなにかで避難してきたらしいことがわかる。どの人もどこか社会の周縁部にいるという感じがする。そのような人たちを説明なく登場させて、淡々と彼らの生活を切り取っていく感じは、どこかフレデリック・ワイズマンも思わせる。

ただ、この作品の場合、おそらく登場してもらう人にワイヤレスマイクをつけ、音声は別で拾っていて、自身が音声マンとして自然音を収拾するワイズマンとはやり方が違っている。この違いが作品にどう現れるかというと、妙にクリアな音声が「生っぽさ」を奪い、どこか作り物のような印象をあたえるようになる。

しかし、それでも人々の生活は生々しく、飾らない日常を切り取っているようにみえる。

最初から登場する救急隊員の男は中ではまともそうだが、一人暮らしでスカイプか何かで妻や娘と会話をしながら夕食を取る。その理由は、高齢の母親の世話をするためだとあとで分かる。この救急隊員の男のように、それぞれの人を長い期間に渡って撮影し、それをモザイクのように組み合わせてドラマを展開させていっているのだ。

© DocLab

このちょっと変わった市井の人たちの生活のモザイクから何が見えてくるのか?それは、彼らが日々抱いている感情だ。直接言葉で表現されない感情。派手ではないが、そのような感情の機微が波のように押し寄せてくる。生きていれば人それぞれいろいろな人生があり、喜びも悲しみも悔しさも苛立ちもある。多くの人にとっては自分とあまり共通点が無い人達だろうと思うが、そのような人たちの生活を覗き見ることで、共通点と相違点が見えてくる。

それはつまり、この映画が表現しているのはこの世界の多様性であるということなのかもしれない。イタリアのローマ近郊の範囲だけでこれだけ多様な人達がいて、しかも私たちと全く共通点がないわけではない。これを世界に広げると、人はもっともっと多様で、それでもやはりどこかに共通点があるはずだと思える。

そう考えると、この「環状線」という場所設定に意味があるのかもしれない。中央ではなく、そこから少し離れた周縁部にいる人達。中心でも外側でもない周縁部。ここでは物理的な意味だが、彼らは心情的に周縁化されていると感じている人たちでもあり、社会の多様性とは、そのような人たちを社会の外に追いやるのか、それとも社会に内包するのかを問う課題設定なのではないか。

漠然とした社会という概念において自分自身はその中心にいるのか、それとも周縁にいるのか、あるいはドロップ・アウトしているのか。多様性という言葉の意味は、対象とする社会がどのようなもので、その言葉を発する人自身が社会のどこにいるかによって意味が変わってくる。だからいつもモヤモヤする。

ロージ監督の最新作『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』は難民の物語だ。それはつまり、一つの社会からドロップ・アウトして、別の社会に入ろうとしている人たちの物語だ。それぞれの社会が多様性をどう捉えているのか、それがこの映画に描かれているなら、非常に興味深い作品になりそうだ。

『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』
Sacro GRA
2013年/イタリア/93分
監督・撮影:ジャンフランコ・ロージ
原案:ニコロ・バッセッティ

http://socine.info/wp-content/uploads/2017/02/rome_top.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2017/02/rome_top-300x296.jpgishimuraMovie72時間,イタリア,ジャンフランコ・ロージ,多様性
ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』が話題になっているジャンフランコ・ロージ監督、このロージ監督がヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞して注目を集めた作品がこの『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』だ。 ローマ市の外側を取り巻く高速道路「環状線GRA」の周辺に暮らす人々の生活を描いたこの作品、市井の人々を対象としたという意味でNHKの「ドキュメント72時間」のようなものかと思ったが違った。ちなみにドキュメント72時間にも国道16号をテーマにした回があって、それはそれで面白かった。 72時間の話はさておき、こちらの『ローマ環状線』は、インタビューなどをするわけではなく、人々の普段の生活を切り取っていく。登場するのは、ヤシの木の中に住む虫の音を研究する研究者、古い貴族の館を貸して生活する男、救急隊員、車上で暮らす初老の2人の女性、うなぎ漁師など雑多な人たちが暮らす空港近くの集合住宅などだ。 これらの人々は決してごく普通とは言えない人たちだ。車上で暮らす2人の女性は売春婦なのか、警察に捕まった話をしている。集合住宅には、DJの練習をするインド系っぽい少年と家族や、どうでもいいことを喋り続ける老人とその娘などがいて、モダンな建物には似合わないように見えるが、話を聞いていると水害かなにかで避難してきたらしいことがわかる。どの人もどこか社会の周縁部にいるという感じがする。そのような人たちを説明なく登場させて、淡々と彼らの生活を切り取っていく感じは、どこかフレデリック・ワイズマンも思わせる。 ただ、この作品の場合、おそらく登場してもらう人にワイヤレスマイクをつけ、音声は別で拾っていて、自身が音声マンとして自然音を収拾するワイズマンとはやり方が違っている。この違いが作品にどう現れるかというと、妙にクリアな音声が「生っぽさ」を奪い、どこか作り物のような印象をあたえるようになる。 しかし、それでも人々の生活は生々しく、飾らない日常を切り取っているようにみえる。 最初から登場する救急隊員の男は中ではまともそうだが、一人暮らしでスカイプか何かで妻や娘と会話をしながら夕食を取る。その理由は、高齢の母親の世話をするためだとあとで分かる。この救急隊員の男のように、それぞれの人を長い期間に渡って撮影し、それをモザイクのように組み合わせてドラマを展開させていっているのだ。 このちょっと変わった市井の人たちの生活のモザイクから何が見えてくるのか?それは、彼らが日々抱いている感情だ。直接言葉で表現されない感情。派手ではないが、そのような感情の機微が波のように押し寄せてくる。生きていれば人それぞれいろいろな人生があり、喜びも悲しみも悔しさも苛立ちもある。多くの人にとっては自分とあまり共通点が無い人達だろうと思うが、そのような人たちの生活を覗き見ることで、共通点と相違点が見えてくる。 それはつまり、この映画が表現しているのはこの世界の多様性であるということなのかもしれない。イタリアのローマ近郊の範囲だけでこれだけ多様な人達がいて、しかも私たちと全く共通点がないわけではない。これを世界に広げると、人はもっともっと多様で、それでもやはりどこかに共通点があるはずだと思える。 そう考えると、この「環状線」という場所設定に意味があるのかもしれない。中央ではなく、そこから少し離れた周縁部にいる人達。中心でも外側でもない周縁部。ここでは物理的な意味だが、彼らは心情的に周縁化されていると感じている人たちでもあり、社会の多様性とは、そのような人たちを社会の外に追いやるのか、それとも社会に内包するのかを問う課題設定なのではないか。 漠然とした社会という概念において自分自身はその中心にいるのか、それとも周縁にいるのか、あるいはドロップ・アウトしているのか。多様性という言葉の意味は、対象とする社会がどのようなもので、その言葉を発する人自身が社会のどこにいるかによって意味が変わってくる。だからいつもモヤモヤする。 ロージ監督の最新作『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』は難民の物語だ。それはつまり、一つの社会からドロップ・アウトして、別の社会に入ろうとしている人たちの物語だ。それぞれの社会が多様性をどう捉えているのか、それがこの映画に描かれているなら、非常に興味深い作品になりそうだ。 『ローマ環状線、めぐりゆく人生たち』 Sacro GRA 2013年/イタリア/93分 監督・撮影:ジャンフランコ・ロージ 原案:ニコロ・バッセッティ