© 2014 DAMNATION

最近、ダムが観光資源として注目されたりもしているが、ダムも建造物である以上老朽化していく。日本でもこれから老朽化を理由に取り壊す必要があるダムが出てくるという話だが、日本より早く多くのダムを建設してきたアメリカでは、この問題はすでに顕在化している。今回取り上げる『ダムネーション』は、そんないらなくなったダムを壊そうという動きを取り上げた作品だ。

映画は、巨大なダムの完成を祝うルーズベルト大統領の演説から始まり、19世紀から作られてきたアメリカのダムの歴史も紹介され、地図上に示されると驚くべきとしか言うしか無いほどの数のダムがアメリカに存在していることもわかるという、文字通り「ダム」の映画だ。

他方で、この映画は「サーモン」の映画でもあるといえる。サーモンはネイティブ・アメリカンにとって重要なタンパク源で、先祖代々の漁法によって資源量も維持しながらずっと獲ってきたが、ダムの建設によって資源量が激減し、映画の舞台となるワシントン州では1匹しか遡上してこない年もあったという。そして、その原因は建設時に魚道を作るなどとしていた保護の約束が果たされていないことに起因することが訴えられる。

© 2014 DAMNATION

この映画があぶり出すのは、「ダム」に象徴される文明と「サーモン」に象徴される自然の対立だ。

ダムは、強い力を持つ文明の後押しでどんどん自然に勝利していった。文明側として映画には、ダム政策を推進する議員や、過去のダム政策を進めてきた元官僚などが登場する。議員は公聴会か何かで「ダムを壊して原始時代に戻るのか」などと発言する。別にダムがなくても文明が滅びるわけではないのだが、このような発言が出て、しかもそれを支持する人がいるというところに、ダムの文明の象徴としての役割を見て取ったりする。

それに対して、自然の側は、先祖代々の漁場を奪われたネイティヴ・アメリカンの人たちや、巨大なダムに絵を描くゲリラアーティストたちが主役だ。

映画のスタンスとしては、もちろん自然の側に大きく肩入れしているが、すべてのダムを破壊しろというような極端な思想を支持するわけではない、老朽化して不要になったダムを撤去すれば、自然が回復するのだから、費用がかかってもやるべきだという穏やかな主張だ。

印象的なのは、不要になったダムに夜中に忍び込み、バケツを腰からぶら下げて巨大な絵を描くゲリラアーティストだ。彼の作品は「切り取り線」を描いて、ダムをどう壊せばいいかを示すというようなウィットに富んだもので、権力に対抗する手段としてゲリラアートというのが気が利いていると思わせてくれる。そして、実際に一般の人達の多くが彼を支持し、警察も実際は犯罪だけど取り締まる必要は無いなどとコメントする。

© 2014 DAMNATION

もう一つ印象的なのは、実際にダムが撤去された川で、ほんの1年で爆発的にサーモンが増えたという事実だ。ダムに溜まっていた堆積物が放出されたことで、栄養が流域から海にまで流れそれが好循環を生むという解釈のようだが、とにかく自然の回復力というのはすごいものだと実感する。

この映画を観ると、古くなったダムは壊したほうがいいに決まっていると思うのだが、なかなかそうは行かないところに、ダムにとどまらないさまざまな問題の根が見えてくる。ダムにかぎらず、人間は自然を制御するためにさまざまなものを作ったり壊してきた。その何があっていいもので、何がなくなったほうがいいものなのか、しっかり考えるべきなのだ。しかし、文明側の人々は文明=いいものという幻想を捨てきれず、「経済」などという言葉を持ち出して、何かと自然に利するような活動を妨害する。

ただ、この映画に登場したゲリラアートのように、アートにはそのような人たちにも考えさせる力があるという希望を持つことができる。ここに登場するゲリラアートの作風はどこかバンクシーを思い出すが、バンクシーもアートの力によって、社会問題について人々に考えさせるアーティストだ。

そして、映画というのもそのような力を持ちうる、そんな希望をこの映画私達に見せてくれるのだ。

『ダムネーション』
2014年/アメリカ/87分
監督:ベン・ナイト、トラヴィス・ラメル

http://socine.info/wp-content/uploads/2017/02/damnation_1.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2017/02/damnation_1-300x300.jpgishimuraMovieアート,ダム,環境
最近、ダムが観光資源として注目されたりもしているが、ダムも建造物である以上老朽化していく。日本でもこれから老朽化を理由に取り壊す必要があるダムが出てくるという話だが、日本より早く多くのダムを建設してきたアメリカでは、この問題はすでに顕在化している。今回取り上げる『ダムネーション』は、そんないらなくなったダムを壊そうという動きを取り上げた作品だ。 映画は、巨大なダムの完成を祝うルーズベルト大統領の演説から始まり、19世紀から作られてきたアメリカのダムの歴史も紹介され、地図上に示されると驚くべきとしか言うしか無いほどの数のダムがアメリカに存在していることもわかるという、文字通り「ダム」の映画だ。 他方で、この映画は「サーモン」の映画でもあるといえる。サーモンはネイティブ・アメリカンにとって重要なタンパク源で、先祖代々の漁法によって資源量も維持しながらずっと獲ってきたが、ダムの建設によって資源量が激減し、映画の舞台となるワシントン州では1匹しか遡上してこない年もあったという。そして、その原因は建設時に魚道を作るなどとしていた保護の約束が果たされていないことに起因することが訴えられる。 この映画があぶり出すのは、「ダム」に象徴される文明と「サーモン」に象徴される自然の対立だ。 ダムは、強い力を持つ文明の後押しでどんどん自然に勝利していった。文明側として映画には、ダム政策を推進する議員や、過去のダム政策を進めてきた元官僚などが登場する。議員は公聴会か何かで「ダムを壊して原始時代に戻るのか」などと発言する。別にダムがなくても文明が滅びるわけではないのだが、このような発言が出て、しかもそれを支持する人がいるというところに、ダムの文明の象徴としての役割を見て取ったりする。 それに対して、自然の側は、先祖代々の漁場を奪われたネイティヴ・アメリカンの人たちや、巨大なダムに絵を描くゲリラアーティストたちが主役だ。 映画のスタンスとしては、もちろん自然の側に大きく肩入れしているが、すべてのダムを破壊しろというような極端な思想を支持するわけではない、老朽化して不要になったダムを撤去すれば、自然が回復するのだから、費用がかかってもやるべきだという穏やかな主張だ。 印象的なのは、不要になったダムに夜中に忍び込み、バケツを腰からぶら下げて巨大な絵を描くゲリラアーティストだ。彼の作品は「切り取り線」を描いて、ダムをどう壊せばいいかを示すというようなウィットに富んだもので、権力に対抗する手段としてゲリラアートというのが気が利いていると思わせてくれる。そして、実際に一般の人達の多くが彼を支持し、警察も実際は犯罪だけど取り締まる必要は無いなどとコメントする。 もう一つ印象的なのは、実際にダムが撤去された川で、ほんの1年で爆発的にサーモンが増えたという事実だ。ダムに溜まっていた堆積物が放出されたことで、栄養が流域から海にまで流れそれが好循環を生むという解釈のようだが、とにかく自然の回復力というのはすごいものだと実感する。 この映画を観ると、古くなったダムは壊したほうがいいに決まっていると思うのだが、なかなかそうは行かないところに、ダムにとどまらないさまざまな問題の根が見えてくる。ダムにかぎらず、人間は自然を制御するためにさまざまなものを作ったり壊してきた。その何があっていいもので、何がなくなったほうがいいものなのか、しっかり考えるべきなのだ。しかし、文明側の人々は文明=いいものという幻想を捨てきれず、「経済」などという言葉を持ち出して、何かと自然に利するような活動を妨害する。 ただ、この映画に登場したゲリラアートのように、アートにはそのような人たちにも考えさせる力があるという希望を持つことができる。ここに登場するゲリラアートの作風はどこかバンクシーを思い出すが、バンクシーもアートの力によって、社会問題について人々に考えさせるアーティストだ。 そして、映画というのもそのような力を持ちうる、そんな希望をこの映画私達に見せてくれるのだ。 『ダムネーション』 2014年/アメリカ/87分 監督:ベン・ナイト、トラヴィス・ラメル