モスクワの住宅街にある24時間営業の「コンビニエンスストア」。コンビニエンスストアと言いながら、酒から野菜から肉からなんでもある小型のスーパーという趣だ。そこで働くムハバットは同じ店員のベクと結婚したが、直後からまたは語らされる。ここは出稼ぎできたウズベク人たちがオーナーのジャンナに奴隷のように働かされる店だった。警察も抱き込んだジャンナの非道な振る舞いを彼女たちは止めることができない。
2016年に発覚した実際の事件をもとに、ロシアに集まる近隣諸国からの出稼ぎ労働者の苦難を、ウズベキスタン出身のミハイル・ボロディン監督が描いた衝撃的な作品。経済格差が生み出す悲劇は世界中に溢れかえっている。
奴隷労働は現代にも存在している
高待遇だと言われてやってきてみたが、まったく待遇が違うというのはよくある話だ。しかし、このジャンナのやり口は度を超えている。パスポートと携帯電話を取り上げたうえで、24時間店を開けるために店の奥で雑魚寝をさせて働きづめにさせる。さらに若い女性店員は悪徳警官への賄賂に差し出し、逃げ出そうとした店員がいれば袋叩きにさせる。もちろん無給だろう。
小さな子供も働かされているし、ムハバッドを結婚させたのも子供を作らせてなにかに利用しようとするためではないかと勘ぐりたくなる。実際にムハバッドはすでに妊娠している。
そんなことをしながらジャンナは店員たちに向かって「私には子供がいないからお前たちが子供のようなものだ」と言い放つ。こういう人は本当にそれを信じているのだろう。自分は彼女たちを愛しているし、愛されてもいると。傍目には意味がわからないが、そういうおかしな精神構造を持つ人というのはいるのだ。
こういう話はいろいろなところで聞く。少し前に日本でも公開された『ゴースト・フリート』はタイの人身売買と奴隷労働についてのドキュメンタリーだった。
奴隷労働というのは、貧富の差が生み出す悲劇としては陳腐と行っていいほど世界中で起き続けているということだ。もちろん一つ一つは陳腐などでは決してなく、目を背けたくなるほど悲惨なものばかりだ。
それが現代のロシアでも起きているというのは…
言葉を失う出来事だ。ただ、考えてみれば日本の技能実習生の中にも似たような境遇の人がいると聞く。割合としてはごく僅かだろうし、日本側だけの問題ではなく送り出す側の国のブローカーに悪徳業者が入り込んでいることも問題なのだろうが、現代の日本でも同じようなことが起きていると思うだけで、申し訳ない気分になるし、そんなことをやめさせなければと思う。
女性の地位と貧しさ
この映画にはもう一つ、女性の問題も描かれている。特にウズベキスタンはムスリムが多い国で、女性の地位が低い。
少しネタバレすると、ムハバッドはウズベキスタンに帰ることができるのだが、帰ったとて彼女は暮らしていけない。一文無しで帰ってきたわけだからは足らなければいけないわけだが、そんな彼女が働くのが綿花畑だ。一応ちゃんとして働き口だが、すべて手作業での収穫作業はプランテーションの奴隷を想起させる。
ウズベキスタンに女性の働き口はそうそうないのだ。さらに、その仕事を紹介してくれた男性に、「第二夫人にならないか」と露骨に言われる。女性は養われるものだという考え方が深く根付いているのだ。
この映画の場合ムスリムというもう一つ別の問題もあるが、貧しい国ほど女性の地位が低い傾向は世界中である。振り返れば今年の東京国際映画祭で見た映画もそんな映画が多かった。いわゆる途上国の女性たちの辛い境遇が多くの映画でテーマになっていた。
一方で、ジャンナのように犯罪まがいの行為で金を稼ごうという女性も現れる。『孔雀の嘆き』のマラニも違法な事業で財を成している。でも彼女たちも幸福ではない。
この映画からも出口のない迷宮に迷い込んだような印象を受けるが、貧しい境遇にある女性たちは現実でその迷宮にいる。そんな事態が長く長く続いているのが現代社会なのだ。本当に暗澹たる気分になる。ムハバッドを祖国に帰した団体のように、私たちは目の前のひとりに手を差し伸べることはできるが、それでなにかが変わるわけではないという無力感が常に伴う。
いったいどうすればいいというのか。
『コンビニエンスストア』
Convenience Store
2022年/ロシア、スロベニア、ウズベキスタン、トルコ/107分
監督・脚本:ミハイル・ボロディン
撮影:エカテリーナ・スモリナ
音楽:アレクセイ・ポリャコフ
出演:ズハラ・サンスィズバイ、リュドミラ・ヴァシリエヴァ
東京国際映画祭『コンビニエンスストア』
https://socine.info/2022/11/01/convenience-store/https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/11/Convenience_Store_main.jpg?fit=1024%2C636&ssl=1https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/11/Convenience_Store_main.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovie女性,貧困©OOO 'METRAFILMS', PERFO d.o.o., 'KARMA FILM PRODUKSIYON' LTD STI
モスクワの住宅街にある24時間営業の「コンビニエンスストア」。コンビニエンスストアと言いながら、酒から野菜から肉からなんでもある小型のスーパーという趣だ。そこで働くムハバットは同じ店員のベクと結婚したが、直後からまたは語らされる。ここは出稼ぎできたウズベク人たちがオーナーのジャンナに奴隷のように働かされる店だった。警察も抱き込んだジャンナの非道な振る舞いを彼女たちは止めることができない。
2016年に発覚した実際の事件をもとに、ロシアに集まる近隣諸国からの出稼ぎ労働者の苦難を、ウズベキスタン出身のミハイル・ボロディン監督が描いた衝撃的な作品。経済格差が生み出す悲劇は世界中に溢れかえっている。
奴隷労働は現代にも存在している
高待遇だと言われてやってきてみたが、まったく待遇が違うというのはよくある話だ。しかし、このジャンナのやり口は度を超えている。パスポートと携帯電話を取り上げたうえで、24時間店を開けるために店の奥で雑魚寝をさせて働きづめにさせる。さらに若い女性店員は悪徳警官への賄賂に差し出し、逃げ出そうとした店員がいれば袋叩きにさせる。もちろん無給だろう。
小さな子供も働かされているし、ムハバッドを結婚させたのも子供を作らせてなにかに利用しようとするためではないかと勘ぐりたくなる。実際にムハバッドはすでに妊娠している。
©OOO 'METRAFILMS', PERFO d.o.o., 'KARMA FILM PRODUKSIYON' LTD STI
そんなことをしながらジャンナは店員たちに向かって「私には子供がいないからお前たちが子供のようなものだ」と言い放つ。こういう人は本当にそれを信じているのだろう。自分は彼女たちを愛しているし、愛されてもいると。傍目には意味がわからないが、そういうおかしな精神構造を持つ人というのはいるのだ。
こういう話はいろいろなところで聞く。少し前に日本でも公開された『ゴースト・フリート』はタイの人身売買と奴隷労働についてのドキュメンタリーだった。
https://socine.info/2022/05/24/ghost-fleet/
奴隷労働というのは、貧富の差が生み出す悲劇としては陳腐と行っていいほど世界中で起き続けているということだ。もちろん一つ一つは陳腐などでは決してなく、目を背けたくなるほど悲惨なものばかりだ。
それが現代のロシアでも起きているというのは…
言葉を失う出来事だ。ただ、考えてみれば日本の技能実習生の中にも似たような境遇の人がいると聞く。割合としてはごく僅かだろうし、日本側だけの問題ではなく送り出す側の国のブローカーに悪徳業者が入り込んでいることも問題なのだろうが、現代の日本でも同じようなことが起きていると思うだけで、申し訳ない気分になるし、そんなことをやめさせなければと思う。
女性の地位と貧しさ
この映画にはもう一つ、女性の問題も描かれている。特にウズベキスタンはムスリムが多い国で、女性の地位が低い。
少しネタバレすると、ムハバッドはウズベキスタンに帰ることができるのだが、帰ったとて彼女は暮らしていけない。一文無しで帰ってきたわけだからは足らなければいけないわけだが、そんな彼女が働くのが綿花畑だ。一応ちゃんとして働き口だが、すべて手作業での収穫作業はプランテーションの奴隷を想起させる。
ウズベキスタンに女性の働き口はそうそうないのだ。さらに、その仕事を紹介してくれた男性に、「第二夫人にならないか」と露骨に言われる。女性は養われるものだという考え方が深く根付いているのだ。
©OOO 'METRAFILMS', PERFO d.o.o., 'KARMA FILM PRODUKSIYON' LTD STI
この映画の場合ムスリムというもう一つ別の問題もあるが、貧しい国ほど女性の地位が低い傾向は世界中である。振り返れば今年の東京国際映画祭で見た映画もそんな映画が多かった。いわゆる途上国の女性たちの辛い境遇が多くの映画でテーマになっていた。
一方で、ジャンナのように犯罪まがいの行為で金を稼ごうという女性も現れる。『孔雀の嘆き』のマラニも違法な事業で財を成している。でも彼女たちも幸福ではない。
この映画からも出口のない迷宮に迷い込んだような印象を受けるが、貧しい境遇にある女性たちは現実でその迷宮にいる。そんな事態が長く長く続いているのが現代社会なのだ。本当に暗澹たる気分になる。ムハバッドを祖国に帰した団体のように、私たちは目の前のひとりに手を差し伸べることはできるが、それでなにかが変わるわけではないという無力感が常に伴う。
いったいどうすればいいというのか。
『コンビニエンスストア』Convenience Store2022年/ロシア、スロベニア、ウズベキスタン、トルコ/107分監督・脚本:ミハイル・ボロディン撮影:エカテリーナ・スモリナ音楽:アレクセイ・ポリャコフ出演:ズハラ・サンスィズバイ、リュドミラ・ヴァシリエヴァ
東京国際映画祭『コンビニエンスストア』
Kenji
Ishimuraishimura@cinema-today.netAdministratorライター/映画観察者。
2000年から「ヒビコレエイガ」主宰、ライターとしてgreenz.jpなどに執筆中。まとめサイト→https://note.mu/ishimurakenji
映画、アート、書籍などのレビュー記事、インタビュー記事、レポート記事が得意。ソーシネ
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