(c)New Black Films Skating Limited 2018
(c)Dogwoof 2018

イギリス人の少年ジョン・カリーは、バレエを習いたいと思っていたが父親から反対され、スケートを習い始める。メキメキと上達した彼はフィギュアスケート選手として国際舞台に立つようになり、1976年インスブルック・オリンピックの候補選手に。しかし当時の男子フィギュアの主流に反発しなかなか結果を出せないでいた…

プライベートでは、ゲイである彼はロンドンで人生を謳歌する一方で、まだ同性愛が病気や違法とされる時代に苦しんでもいた。伝説的なフィギュアスケーターであるジョン・カリーの生涯をアーカイブ映像と関係者へのインタビューで描いたドキュメンタリー。

芸術は人を幸せにする

この映画はすごく面白かった。でも何が面白かったのだろうと考えると意外となんだかわからない。

まず良かったのはジョン・カリーが「芸術」に生涯を捧げた人物であったこと。今までフィギュアスケートにはあまりいいイメージがなく、得点を競うスポーツでありながら芸術性の観点が入ってきたりしてスポーツとして飲み方がよくわからなかったからだ。その印象はこの映画を見てからも変わらなかったが、ジョン・カリーのスケートはスポーツではなく芸術であることがわかって面白かった。

むしろジョン・カリーの存在によってフィギュアスケートはそれまでのスポーツからなんだかわからないものになってしまったのではないかと思ったほどだ。

この映画の主軸はオリンピック金メダリストとしてのジョン・カリーではなく、スポーツとしてのフィギュアを引退してからカンパニーを立ち上げてからの芸術家としてのジョン・カリーだ。

ジョン・カリーはフィギュアスケートのカンパニーを立ち上げ、ロイヤル・アルバート・ホールなどこれまでスケートの公演が実現したことがないところで次々と公演を行う。それだけその芸術性が評価されたのだ。

(c)New Black Films Skating Limited 2018
(c)Dogwoof 2018

実際その公演のアーカイブ映像を見ると、画質の悪さを越えてそのすばらしさが伝わってくる。基本的にはバレエに倣っているが、バレエではなし得ないようなジャンプやステップがスケートでは可能になり、表現の幅が広がる(もちろん氷の上でないとできないという制約もあるが)。ジョン・カリーはかつてない芸術を世に生み出したのだ。

ジョン・カリーの情熱は芸術にあった。その証拠として彼はスターになったにもかかわらず金持ちになったわけではなく、カンパニーの維持に精一杯で余裕がなかった。彼は芸術は人を幸せにすることがあるという信念を持ち、アートの重要性を信じていたのだ。

AIDSと世間と芸術家の孤独

しかし、芸術の道を邁進していたとき、AIDSがやってくる。そして、カンパニーの男性スケーターの過半数がAIDSにかかってしまうという衝撃的な出来事に襲われる。

ジョン・カリーのセクシャリティの問題は、家族(特に父親)との関係やオリンピックに際してアウティングされてしまったということは会ったものの、それほど彼の人生に影を落としてはいなかった。しかしAIDSは違った。最初「同性愛者の病気」と考えられたAIDSは同性愛者差別やホモホビアを爆発的に助長し、同性愛者は忌避の対象になった。

ジョン・カリーもAIDSにかかるわけだが、彼はそれを公表せず活動を続けた。しかし彼と彼のカンパニーは苦境に陥る。人はなぜ表現された芸術だけでなく、人格やセクシャリティもあわせて評価してしまうのだろうか。彼がゲイでAIDSでもその表現の価値が下がるわけではないのに。

(c)New Black Films Skating Limited 2018
(c)Dogwoof 2018

でも、世間とはそういうものだ。この映画で一番重くのしかかったのはその事実だ。AIDSが不治の病であった年月に、私たちはどれだけたくさんの貴重な芸術を失ってしまったのか。不治の病であればこそ芸術家たちに発表の場を与えるべきではなかったのか。そんな後悔が頭をよぎる。

そしてジョン・カリーは孤独の淵に落ちる。もともと孤独な人間では会ったのだと思うが、好んで孤独でいることと人から避けられて孤独に陥ることではその意味が違う。この映画で証言をする関係者たちはその時どう思っていたのだろうか。

それでも最後は決して絶望の中で亡くなったわけではないことが映画を見るとわかる。

ジョン・カリーの生涯には悲劇がつきまとったが、こうして映画になることで彼が芸術家としてなし得たことを知ることができてよかった。彼の芸術を評価するか否かに関わらず、こうやって新しい芸術を生み出し、世界に彩りを与えた人物のことは評価したい。ジョン・カリーは間違いなく偉大な芸術家だ。

『氷上の王、ジョン・カリー』
The Ice King
2018年/イギリス/89分
監督・脚本:ジェームズ・エルスキン
音楽:スチュアート・ハンコック
出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ジョニー・ウィアー

https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2020/07/iceking_main.jpg?fit=1024%2C681&ssl=1https://i1.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2020/07/iceking_main.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovieドキュメンタリー
(c)New Black Films Skating Limited 2018(c)Dogwoof 2018 イギリス人の少年ジョン・カリーは、バレエを習いたいと思っていたが父親から反対され、スケートを習い始める。メキメキと上達した彼はフィギュアスケート選手として国際舞台に立つようになり、1976年インスブルック・オリンピックの候補選手に。しかし当時の男子フィギュアの主流に反発しなかなか結果を出せないでいた… プライベートでは、ゲイである彼はロンドンで人生を謳歌する一方で、まだ同性愛が病気や違法とされる時代に苦しんでもいた。伝説的なフィギュアスケーターであるジョン・カリーの生涯をアーカイブ映像と関係者へのインタビューで描いたドキュメンタリー。 芸術は人を幸せにする この映画はすごく面白かった。でも何が面白かったのだろうと考えると意外となんだかわからない。 まず良かったのはジョン・カリーが「芸術」に生涯を捧げた人物であったこと。今までフィギュアスケートにはあまりいいイメージがなく、得点を競うスポーツでありながら芸術性の観点が入ってきたりしてスポーツとして飲み方がよくわからなかったからだ。その印象はこの映画を見てからも変わらなかったが、ジョン・カリーのスケートはスポーツではなく芸術であることがわかって面白かった。 むしろジョン・カリーの存在によってフィギュアスケートはそれまでのスポーツからなんだかわからないものになってしまったのではないかと思ったほどだ。 この映画の主軸はオリンピック金メダリストとしてのジョン・カリーではなく、スポーツとしてのフィギュアを引退してからカンパニーを立ち上げてからの芸術家としてのジョン・カリーだ。 ジョン・カリーはフィギュアスケートのカンパニーを立ち上げ、ロイヤル・アルバート・ホールなどこれまでスケートの公演が実現したことがないところで次々と公演を行う。それだけその芸術性が評価されたのだ。 (c)New Black Films Skating Limited 2018(c)Dogwoof 2018 実際その公演のアーカイブ映像を見ると、画質の悪さを越えてそのすばらしさが伝わってくる。基本的にはバレエに倣っているが、バレエではなし得ないようなジャンプやステップがスケートでは可能になり、表現の幅が広がる(もちろん氷の上でないとできないという制約もあるが)。ジョン・カリーはかつてない芸術を世に生み出したのだ。 ジョン・カリーの情熱は芸術にあった。その証拠として彼はスターになったにもかかわらず金持ちになったわけではなく、カンパニーの維持に精一杯で余裕がなかった。彼は芸術は人を幸せにすることがあるという信念を持ち、アートの重要性を信じていたのだ。 AIDSと世間と芸術家の孤独 しかし、芸術の道を邁進していたとき、AIDSがやってくる。そして、カンパニーの男性スケーターの過半数がAIDSにかかってしまうという衝撃的な出来事に襲われる。 ジョン・カリーのセクシャリティの問題は、家族(特に父親)との関係やオリンピックに際してアウティングされてしまったということは会ったものの、それほど彼の人生に影を落としてはいなかった。しかしAIDSは違った。最初「同性愛者の病気」と考えられたAIDSは同性愛者差別やホモホビアを爆発的に助長し、同性愛者は忌避の対象になった。 ジョン・カリーもAIDSにかかるわけだが、彼はそれを公表せず活動を続けた。しかし彼と彼のカンパニーは苦境に陥る。人はなぜ表現された芸術だけでなく、人格やセクシャリティもあわせて評価してしまうのだろうか。彼がゲイでAIDSでもその表現の価値が下がるわけではないのに。 (c)New Black Films Skating Limited 2018(c)Dogwoof 2018 でも、世間とはそういうものだ。この映画で一番重くのしかかったのはその事実だ。AIDSが不治の病であった年月に、私たちはどれだけたくさんの貴重な芸術を失ってしまったのか。不治の病であればこそ芸術家たちに発表の場を与えるべきではなかったのか。そんな後悔が頭をよぎる。 そしてジョン・カリーは孤独の淵に落ちる。もともと孤独な人間では会ったのだと思うが、好んで孤独でいることと人から避けられて孤独に陥ることではその意味が違う。この映画で証言をする関係者たちはその時どう思っていたのだろうか。 それでも最後は決して絶望の中で亡くなったわけではないことが映画を見るとわかる。 ジョン・カリーの生涯には悲劇がつきまとったが、こうして映画になることで彼が芸術家としてなし得たことを知ることができてよかった。彼の芸術を評価するか否かに関わらず、こうやって新しい芸術を生み出し、世界に彩りを与えた人物のことは評価したい。ジョン・カリーは間違いなく偉大な芸術家だ。 https://youtu.be/eXbreEMqYoI 『氷上の王、ジョン・カリー』The Ice King2018年/イギリス/89分監督・脚本:ジェームズ・エルスキン音楽:スチュアート・ハンコック出演:ジョン・カリー、ディック・バトン、ジョニー・ウィアー https://eigablog.com/vod/movie/ice-king/
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