1950年代から活躍した黒人女性ミュージシャン、ニーナ・シモンの生涯を描いたドキュメンタリー映画。

ニーナ・シモンは南部の貧しい家庭に生まれるが、ピアノの才能を見いだされ、黒人女性初のピアニストになるべくジュリアード音楽院に進学する。しかし、卒業後は黒人であることを理由にクラシック界への道は閉ざされる。

貧しかったニーナはナイトクラブでピアノを弾くようになり、客の求めに応じて歌うようになると、その才能で注目されシンガーとして名を成していく。そして出会った男性と結婚し、夫がマネージャーを務めるようになることでさらなる成功の道へと進んでいく。

娘も生まれ幸せな生活を送っているかと思いきや、彼女は夫のDVにさらされ、仕事は休む間もないほど忙しく、抑うつ状態へと陥っていく。そんな中、ミシシッピ州で少女4人を含む黒人が殺される事件が起きると、“Mississippi Goddam”という曲を作り、当時盛り上がりつつあった公民権運動へ傾倒、黒人のために戦う歌手へと変貌し、政治的なメッセージを込めた歌を歌い運動に没頭していく。

その後もさまざま波乱万丈な人生を送るニーナ・シモン。彼女の伝記とはすなわちアメリカの現代史であり、映画はアーティストと政治の関わり、運動家であることと個人であることの関係性などさまざまなテーマへと波及していく物語になる。

音楽の力に押しつぶされる

黒人、女性、貧困。ニーナがぶつかった障害は今も社会で人々がぶつかる大きな障害になっている。彼女はさらにDVにさらされ、DV被害者が陥りがちな思考停止状態に陥り、最終的には精神疾患を患うことになる。

DVに対しても精神疾患に対しても理解がなかった時代、彼女はさらに追い詰められ、どん底へと落ちていく。

それでも彼女の歌は人々を感動させ、公民権運動に力を与えた。この映画を見ても、まず湧き上がってくるのは彼女の歌を聞きたいという思いだ。映画で解説される歌詞のメッセージを知ればなおさらだし、単純に彼女の声が持つ力に惹かれる。

彼女の歌には力がある。

音楽の持つ力によってニーナは社会活動家として活躍することができた。芸術は社会に影響を与える力を持っているけれど、こと運動となると音楽の持つ力は大きい。それと比肩するのはデザインくらいだろうか。音楽は人の心にダイレクトにメッセージを伝える力を持っているから強いのだ。

他方でこの力は商品としての魅力にもなる。ニーナの歌は政治的にも商業的にも力を持っていて、彼女はその力を政治に使いたかったが夫でマネージャーのアンドリューは商売に使いたかった。当時のアメリカでその2つは両立せず、政治に没頭するニーナは商業の世界から見放され、それが夫の暴力を加速させる。

夫の暴力とプレッシャーと疲労とストレスで彼女の精神は崩壊し、すべてを投げ出して国を離れることになる。それはキング牧師暗殺のあとのこと。直接関係があるかどうかはわからないが、ニーナは「Why?(King of Love is Dead)」という曲を作り、次々と仲間が殺されていくことを嘆いた。

彼女は自分自身の音楽が持つ商業的な力によって疲労を重ねることになり、同時に政治的な力によるプレッシャーにも押しつぶされていたのかもしれない。

自由を求めて

ニーナはアメリカを離れ、アメリカ大陸の黒人が作った国「リベリア」に移住する。この国の名が象徴的に示しているように、彼女が求めたのは自由だった。

彼女の人生は自由を奪われ続けた人生だったが、自由についてたびたび歌にしている。キング牧師に捧げた歌の中で彼女は「人生で一瞬でも自由とは何かを知った」と歌った。だから死ぬことになっても心配はいらないと。他に“I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free”という歌も歌っている。

彼女の人生とは自由を追い求め続けた人生だったのだ。全てをなげうって自由を求めた彼女は自由は手にしたが世間からは忘れられ、精神疾患は回復せず、経済的には困窮していく。

そんな彼女のを救ったのは古くからの友だった。白人の。家族でも公民権運動の同士でもなく、白人の音楽仲間。彼女が自由を奪われていた時代から対等で自由な関係を結んでいた友人だった。それは救いだ。だって彼女は求めていた自由を少しではあるけれどずっと持っていたのだから。

映画の最後に歌われる「Ain’t Got No(I Got Life)」も私には自由についての歌と感じられた。私は何も持っていないが、この体と魂がある、そして人生があり、自由あると歌っている。

この映画を見て、この歌を聞いて、翻って私たちは自由を手にしているだろうかと自分を省みた。せっかくの自由を自ら手放そうとしてはいないか?あらゆる物を手にしているのに、肝心の人生や自由は失っていないか?

ニーナ・シモンの歌は私の心に投げかける、自信を持って“I’ve got my freedom”といえる人生を歩みなさいと。

『ニーナ・シモン 魂の歌』
2015年/アメリカ/102分
監督:リズ・ガルバス
撮影:イゴール・マルティノビッチ
出演:ニーナ・シモン

http://socine.info/wp-content/uploads/2019/12/ニーナ・シモン〜魂の歌-Netflix-HD-0-38-screenshot-1024x576.pnghttp://socine.info/wp-content/uploads/2019/12/ニーナ・シモン〜魂の歌-Netflix-HD-0-38-screenshot-300x300.pngishimuraMovieNetflix,social revolution
https://youtu.be/dt0v6mgS5rA 1950年代から活躍した黒人女性ミュージシャン、ニーナ・シモンの生涯を描いたドキュメンタリー映画。 ニーナ・シモンは南部の貧しい家庭に生まれるが、ピアノの才能を見いだされ、黒人女性初のピアニストになるべくジュリアード音楽院に進学する。しかし、卒業後は黒人であることを理由にクラシック界への道は閉ざされる。 貧しかったニーナはナイトクラブでピアノを弾くようになり、客の求めに応じて歌うようになると、その才能で注目されシンガーとして名を成していく。そして出会った男性と結婚し、夫がマネージャーを務めるようになることでさらなる成功の道へと進んでいく。 娘も生まれ幸せな生活を送っているかと思いきや、彼女は夫のDVにさらされ、仕事は休む間もないほど忙しく、抑うつ状態へと陥っていく。そんな中、ミシシッピ州で少女4人を含む黒人が殺される事件が起きると、“Mississippi Goddam”という曲を作り、当時盛り上がりつつあった公民権運動へ傾倒、黒人のために戦う歌手へと変貌し、政治的なメッセージを込めた歌を歌い運動に没頭していく。 その後もさまざま波乱万丈な人生を送るニーナ・シモン。彼女の伝記とはすなわちアメリカの現代史であり、映画はアーティストと政治の関わり、運動家であることと個人であることの関係性などさまざまなテーマへと波及していく物語になる。 音楽の力に押しつぶされる 黒人、女性、貧困。ニーナがぶつかった障害は今も社会で人々がぶつかる大きな障害になっている。彼女はさらにDVにさらされ、DV被害者が陥りがちな思考停止状態に陥り、最終的には精神疾患を患うことになる。 DVに対しても精神疾患に対しても理解がなかった時代、彼女はさらに追い詰められ、どん底へと落ちていく。 それでも彼女の歌は人々を感動させ、公民権運動に力を与えた。この映画を見ても、まず湧き上がってくるのは彼女の歌を聞きたいという思いだ。映画で解説される歌詞のメッセージを知ればなおさらだし、単純に彼女の声が持つ力に惹かれる。 彼女の歌には力がある。 音楽の持つ力によってニーナは社会活動家として活躍することができた。芸術は社会に影響を与える力を持っているけれど、こと運動となると音楽の持つ力は大きい。それと比肩するのはデザインくらいだろうか。音楽は人の心にダイレクトにメッセージを伝える力を持っているから強いのだ。 他方でこの力は商品としての魅力にもなる。ニーナの歌は政治的にも商業的にも力を持っていて、彼女はその力を政治に使いたかったが夫でマネージャーのアンドリューは商売に使いたかった。当時のアメリカでその2つは両立せず、政治に没頭するニーナは商業の世界から見放され、それが夫の暴力を加速させる。 夫の暴力とプレッシャーと疲労とストレスで彼女の精神は崩壊し、すべてを投げ出して国を離れることになる。それはキング牧師暗殺のあとのこと。直接関係があるかどうかはわからないが、ニーナは「Why?(King of Love is Dead)」という曲を作り、次々と仲間が殺されていくことを嘆いた。 彼女は自分自身の音楽が持つ商業的な力によって疲労を重ねることになり、同時に政治的な力によるプレッシャーにも押しつぶされていたのかもしれない。 自由を求めて ニーナはアメリカを離れ、アメリカ大陸の黒人が作った国「リベリア」に移住する。この国の名が象徴的に示しているように、彼女が求めたのは自由だった。 彼女の人生は自由を奪われ続けた人生だったが、自由についてたびたび歌にしている。キング牧師に捧げた歌の中で彼女は「人生で一瞬でも自由とは何かを知った」と歌った。だから死ぬことになっても心配はいらないと。他に“I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free”という歌も歌っている。 彼女の人生とは自由を追い求め続けた人生だったのだ。全てをなげうって自由を求めた彼女は自由は手にしたが世間からは忘れられ、精神疾患は回復せず、経済的には困窮していく。 そんな彼女のを救ったのは古くからの友だった。白人の。家族でも公民権運動の同士でもなく、白人の音楽仲間。彼女が自由を奪われていた時代から対等で自由な関係を結んでいた友人だった。それは救いだ。だって彼女は求めていた自由を少しではあるけれどずっと持っていたのだから。 映画の最後に歌われる「Ain't Got No(I Got Life)」も私には自由についての歌と感じられた。私は何も持っていないが、この体と魂がある、そして人生があり、自由あると歌っている。 https://www.youtube.com/watch?v=H7jzb_2s-hU この映画を見て、この歌を聞いて、翻って私たちは自由を手にしているだろうかと自分を省みた。せっかくの自由を自ら手放そうとしてはいないか?あらゆる物を手にしているのに、肝心の人生や自由は失っていないか? ニーナ・シモンの歌は私の心に投げかける、自信を持って“I've got my freedom”といえる人生を歩みなさいと。 『ニーナ・シモン 魂の歌』2015年/アメリカ/102分監督:リズ・ガルバス撮影:イゴール・マルティノビッチ出演:ニーナ・シモン
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