東京新聞の望月衣塑子記者を撮ったドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』を見て、これは見なければと遅ればせながら『新聞記者』を観た。
この作品は、望月衣塑子さんのノンフィクションを原案に、シム・ウンギョンと松坂桃李のダブル主演で撮られた社会派エンターテインメント作品。東都新聞の記者吉岡エリカのもとに医療系大学院大学新設に関する極秘情報が匿名で届き、吉岡はそれを追っていく。松坂桃李演じる杉原は外務省から内閣府情報調査室に趣向しているエリートで、毎日時の政権のために情報操作に取り組むのに辟易している。そんな時、かつての上司・神崎が自殺、その通夜の場で吉岡に出会う。
この作品は、冒頭から望月記者が出演するインターネット放送の映像が流れたり、扱われる事件が実際に望月記者が追求している事件を思い起こさせたりして、現実の世界の出来事をもとにしている感じはする。しかし、あくまでフィクションでエンターテインメントである。
それを強く思うのは、主人公の吉岡エリカの造形だ。彼女は父親もジャーナリストで自殺をしたという設定、したがって神崎の自殺を他人事とは思えず、遺族にカメラやマイクを向けるマスコミに怒りを覚える。
この出来事で吉岡と杉原が接触し、その態度が杉原が吉岡を信用するきっかけになっているので、物語の展開上非常に重要な場面だ。だから、わかりやすくするために吉岡の個人的な経験を重ね合わせて彼女の行動を説明しやすくした。そのほうが劇的になるしシナリオとして受け止めやすいからだ。
しかし、実際はそのような個人的な背景がなかったとしてもジャーナリストが取るべきなのは吉岡のような態度だろうし、望月記者ならきっと遺族に殺到するマスコミの群れには加わらなかったはずだ。そのようなジャーナリストのべき論を描かないところにこの映画の立ち位置が表れている。それは、社会派のスタンスは取るけど、問題に踏み込みはしないという態度だ。
それは、まずドラマとして面白いものを作る、その上で気になったことがあったら自分で調べてほしい、あるいはドキュメンタリーの方を観てほしいということなのではないか。実際、この2本の映画は最初は同時に公開する計画だったらしい。それがいろいろあって4-5ヶ月のズレが生じた。まあそれはそれでいいのかもしれない、この映画が面白かったらぜひドキュメンタリーの方も観てほしい、そこには真実があるから。
『新聞記者』に話を戻すと、これはよくできた映画だ(だからといって面白いとは限らないが)。ダブル主演の看板通り、吉岡と杉原の2人それぞれの主観を組み合わせて物語が展開していく。最初は別々だった2人が接触する瞬間(お通夜の場面)から少しずつ交錯する場面が増えていく展開はうまいなと思う。
そして、白眉は悪役の田中哲司だろう。最初は「内閣府情報調査室暗すぎねえか?」と思うのだけれど、そのドンである田中演じる多田の怖さが表に出てくるに連れ、その暗さも恐怖として滲み出てくる。実際あんな人はいないだろうけれど、いたら本当に怖い。もしかしたら「いるかもしれない」と思わせることで現政権の怖さを暗に示しているのかもしれない。
どうしても現実の政治の方に思いが行ってしまうけれど、映画の話に戻ると、この映画は登場人物の役割がしっかりしていて非常にわかりやすい。その賛否はあるだろうが、わかりやすいのはエンターテインメントとしてはいいことだし、何が問題かを伝える入り口としても効果的だ。この映画がターゲットにしているのは本田翼演じる杉原の妻のような人たちだ。善良だけれど無知で社会に関心がない人たち。それは現政権にとってもターゲットの人たちで、現政権はその人達に「無知のままでいろ」と言い、この映画を作った人たちは「自分で考えろ」と言う。
この自分で考えるためのフックとして、この映画はもう一つテーマを用意しているように思う。それは「何のために仕事をしているのか」だ。吉岡も杉原もこの問を突きつけられる。杉原は特に家族と自分の信念と仕事との間で揺れる。それは見る人だれしもがどこかでぶつかっている疑問ではないか。それをテーマにすることで見る人が自分の問題としてひきつけて考えられるように映画が作られているのだ。
この映画は異例のヒットを記録し、その感想は賛否が分かれた。でも、実はそれで良かったのだ。何かを考えたから賛否が出てくるのだから。賛にしろ否にしろこの映画を見て考えたことをさらに一歩進めて自分ごととして考えてみることをこの映画は求めているのだと思う。
まあ少し、吉岡・杉原側が正義で多田・政府側が悪という構図がはっきりと出すぎて、これが現実を反映するものだと捉えられてしまうと反感を買い否定的な意見が増えるのだろうが、これはあくまでフィクションだ。フィクションだからそれが描けたとも言えるが。
ドキュメンタリーの方はもう少し中立な立場(と入っても主張があるので完全に中立ではないが)で、また別のテーマで物語を展開しているので、『新聞記者』が面白かった人も面白くなかった人もぜひ見てほしい。
『新聞記者』
2019年/日本/113分
監督:藤井道人
原案:望月衣塑子、河村光庸
脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人
撮影:今村圭佑
音楽:岩代太郎
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、高橋和也、田中哲司、岡山天音
https://socine.info/2019/11/15/journalist/https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2019/11/journalist_main.jpg?fit=1024%2C720&ssl=1https://i0.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2019/11/journalist_main.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraFeaturedMovieジャーナリズム,メディア,映画,望月衣塑子(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
東京新聞の望月衣塑子記者を撮ったドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』を見て、これは見なければと遅ればせながら『新聞記者』を観た。
この作品は、望月衣塑子さんのノンフィクションを原案に、シム・ウンギョンと松坂桃李のダブル主演で撮られた社会派エンターテインメント作品。東都新聞の記者吉岡エリカのもとに医療系大学院大学新設に関する極秘情報が匿名で届き、吉岡はそれを追っていく。松坂桃李演じる杉原は外務省から内閣府情報調査室に趣向しているエリートで、毎日時の政権のために情報操作に取り組むのに辟易している。そんな時、かつての上司・神崎が自殺、その通夜の場で吉岡に出会う。
この作品は、冒頭から望月記者が出演するインターネット放送の映像が流れたり、扱われる事件が実際に望月記者が追求している事件を思い起こさせたりして、現実の世界の出来事をもとにしている感じはする。しかし、あくまでフィクションでエンターテインメントである。
それを強く思うのは、主人公の吉岡エリカの造形だ。彼女は父親もジャーナリストで自殺をしたという設定、したがって神崎の自殺を他人事とは思えず、遺族にカメラやマイクを向けるマスコミに怒りを覚える。
この出来事で吉岡と杉原が接触し、その態度が杉原が吉岡を信用するきっかけになっているので、物語の展開上非常に重要な場面だ。だから、わかりやすくするために吉岡の個人的な経験を重ね合わせて彼女の行動を説明しやすくした。そのほうが劇的になるしシナリオとして受け止めやすいからだ。
しかし、実際はそのような個人的な背景がなかったとしてもジャーナリストが取るべきなのは吉岡のような態度だろうし、望月記者ならきっと遺族に殺到するマスコミの群れには加わらなかったはずだ。そのようなジャーナリストのべき論を描かないところにこの映画の立ち位置が表れている。それは、社会派のスタンスは取るけど、問題に踏み込みはしないという態度だ。
(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
それは、まずドラマとして面白いものを作る、その上で気になったことがあったら自分で調べてほしい、あるいはドキュメンタリーの方を観てほしいということなのではないか。実際、この2本の映画は最初は同時に公開する計画だったらしい。それがいろいろあって4-5ヶ月のズレが生じた。まあそれはそれでいいのかもしれない、この映画が面白かったらぜひドキュメンタリーの方も観てほしい、そこには真実があるから。
『新聞記者』に話を戻すと、これはよくできた映画だ(だからといって面白いとは限らないが)。ダブル主演の看板通り、吉岡と杉原の2人それぞれの主観を組み合わせて物語が展開していく。最初は別々だった2人が接触する瞬間(お通夜の場面)から少しずつ交錯する場面が増えていく展開はうまいなと思う。
そして、白眉は悪役の田中哲司だろう。最初は「内閣府情報調査室暗すぎねえか?」と思うのだけれど、そのドンである田中演じる多田の怖さが表に出てくるに連れ、その暗さも恐怖として滲み出てくる。実際あんな人はいないだろうけれど、いたら本当に怖い。もしかしたら「いるかもしれない」と思わせることで現政権の怖さを暗に示しているのかもしれない。
(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
どうしても現実の政治の方に思いが行ってしまうけれど、映画の話に戻ると、この映画は登場人物の役割がしっかりしていて非常にわかりやすい。その賛否はあるだろうが、わかりやすいのはエンターテインメントとしてはいいことだし、何が問題かを伝える入り口としても効果的だ。この映画がターゲットにしているのは本田翼演じる杉原の妻のような人たちだ。善良だけれど無知で社会に関心がない人たち。それは現政権にとってもターゲットの人たちで、現政権はその人達に「無知のままでいろ」と言い、この映画を作った人たちは「自分で考えろ」と言う。
この自分で考えるためのフックとして、この映画はもう一つテーマを用意しているように思う。それは「何のために仕事をしているのか」だ。吉岡も杉原もこの問を突きつけられる。杉原は特に家族と自分の信念と仕事との間で揺れる。それは見る人だれしもがどこかでぶつかっている疑問ではないか。それをテーマにすることで見る人が自分の問題としてひきつけて考えられるように映画が作られているのだ。
(C)2019「新聞記者」フィルムパートナーズ
この映画は異例のヒットを記録し、その感想は賛否が分かれた。でも、実はそれで良かったのだ。何かを考えたから賛否が出てくるのだから。賛にしろ否にしろこの映画を見て考えたことをさらに一歩進めて自分ごととして考えてみることをこの映画は求めているのだと思う。
まあ少し、吉岡・杉原側が正義で多田・政府側が悪という構図がはっきりと出すぎて、これが現実を反映するものだと捉えられてしまうと反感を買い否定的な意見が増えるのだろうが、これはあくまでフィクションだ。フィクションだからそれが描けたとも言えるが。
ドキュメンタリーの方はもう少し中立な立場(と入っても主張があるので完全に中立ではないが)で、また別のテーマで物語を展開しているので、『新聞記者』が面白かった人も面白くなかった人もぜひ見てほしい。
『新聞記者』2019年/日本/113分監督:藤井道人原案:望月衣塑子、河村光庸脚本:詩森ろば、高石明彦、藤井道人撮影:今村圭佑音楽:岩代太郎出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、高橋和也、田中哲司、岡山天音
https://youtu.be/zdPSidwlJ_I
Kenji
Ishimuraishimura@cinema-today.netAdministratorライター/映画観察者。
2000年から「ヒビコレエイガ」主宰、ライターとしてgreenz.jpなどに執筆中。まとめサイト→https://note.mu/ishimurakenji
映画、アート、書籍などのレビュー記事、インタビュー記事、レポート記事が得意。ソーシネ
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