(C)FILM PRODUKCJA – PARKHURST – KINOROB – JONES BOY FILM – KRAKOW FESTIVAL OFFICE – STUDIO PRODUKCYJNE ORKA – KINO ŚWIAT – SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE

1933年ロンドン、ロイド・ジョージ元首相の外交顧問を務める記者のガレス・ジョーンズは、大恐慌下にもかかわらず経済成長を続けるソ連の財源に疑問をいだいていた。奇しくも教皇の影響で解雇されたジョーンズは、スターリンに直接尋ねるべくモスクワに向かった。

外国人への監視が極端に強いモスクワで、ジョーンズはウクライナについて調べようとしていた友人の死を知る。ソ連最大の穀倉地帯であるウクライナになにかあると感じたジョーンズは策を弄してウクライナに潜入するが、そこでは想像を遥かに上回る悲惨な状況があった。

『太陽と月に背いて』で知られるポーランド人監督アグニェシュカ・ホランドが実話をもとに撮った歴史ドラマ。権力者に搾取される人々とジャーナリズムという現代に通じる問題を鋭く描く。

ジャーナリストと「真実」

この映画の主人公ガレス・ジョーンズは「真実」を発見する役目を負っている。ジャーナリストとしてソ連の収支のズレに疑問をいだいた彼は、その真実を知るために最初はスターリンにインタビューしようと考える。しかし、モスクワに行ってもスターリンに近づくことはできず、殺された同僚の「穀物が金だ」という言葉をヒントにウクライナに行こうと決意する。

そして、ソ連政府を騙してウクライナに潜入し、そこで起きている悲惨な飢饉を目の当たりにする。しかし、その事実はひた隠しにされ、飢饉など存在しないとされている。ジョーンズは、その事実をなんとか世界に知らしめようとするのだ。

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こう考えるとこの映画は、言い方は悪いがジャーナリズムをテーマにした物語の一つの型にハマったものと言える。不都合な真実を隠そうとする権力とそれに抵抗しようとするジャーナリズム。正義のジャーナリストが巨悪を倒す勧善懲悪な物語だ。

でも型にはまったものだから凡庸で退屈かといえばそんなことはない。私たちの多くは、ここに描かれている出来事を知らないからハラハラするし、実際の事件だからジョーンズがハッピーエンドを迎えられるかもわからない。正義が破れた物語として記録されているかもしれないのだ。

だから社会はサスペンスドラマとして面白く見られるし、その上でジャーナリズムと真実と権力について考えるいい材料にもなる。

誰にとっての「真実」かという問い

この映画において「真実」が重要なテーマになっていることは、ジョーンズがモスクワで出会った女性記者のエイダが「真実を知りたい」というジョーンズに対して「誰にとっての真実?」と問いかけ、ジョーンズが「真実は一つしかない」と答えるところにも現れている。

果たして「真実は一つ」なのか。「事実」は一つだとしても「真実」は人それぞれで一つではないと考えるのが今は一般的かもしれない。同じ「事実」でも見る角度や見え方によってその意味は変わってくるのだから、「真実は一つ」という考えはナイーブすぎるというのだ。

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この映画はそんな考え方に対して疑義を投げかけているのかもしれない。「真実」は人それぞれというのはそうかも知れないが、それでも譲れない唯一の「真実」は存在する。この映画であればそれは、ソ連政府によってウクライナの人たちが飢え死にさせられているということだ。

スターリン派にとってそれは真実ではないことにされているが、それは本当だろうか。彼らは目を背けているだけだ。良心に照らせばそれは真実でしかありえない。だから「真実は人それぞれだ」という物言いもまた逃げでしかない。すべての場合でそうではないが、そうとしか考えられない状況もある。

あるいは、その時には嘘や騙しや保身のために真実が明確ではなかったとしても、後に「唯一の真実」が明らかになることもある。それがこの映画に描かれていることであり、ジャーナリストは、自分にとっての真実が普遍的な真実であると信じるならば、それが唯一の真実であると証明することを正義としなければならないといっているのではないか。

そのことは映画の結末でエイダがジョーンズへの手紙に書いたことからもわかる。

だからこの映画はジャーナリストをテーマにした優れた映画だということができるのだ。

ウクライナの人々という「真実」

ロシアがウクライナに侵攻している今(2022年3月)、ウクライナとロシアについてなにかしれないかと思いこの映画を見たが、その部分ではあまり収穫はなかった。ウクライナがロシアから収奪されてきた歴史についてさらに知ることになっただけだった。

しかし、現代のジャーナリズムについては示唆的だった。特に今ロシア国内でジャーナリズムが機能していない事実はこの時代と共通しているし、「真実」が国民に知らされていないのも共通している。

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今はSNSによって様々な情報を入手することができるが、SNSの世界は、まさに一人ひとりの真実がある世界であり、そこから「唯一の真実」を探し出すことは非常に難しい。ガレス・ジョーンズのように「唯一の真実」を探し求める不屈のジャーナリストもいるに違いないが、現時点ではたくさんの雑音に紛れて、「唯一の真実」が何かは私たちにはわからない。それでも耳をそばだてて自分にとっての真実を見つけなければならない。

そして、その「真実」に近づくための方法は人々の声に耳を傾けることしかないとこの映画を見て思った。権力者の語る言葉ではなく、市井の人々が語ることにこそ真実はある。それはプーチンでもゼレンスキーでも同じだ。ウクライナで起こっていることについての真実を知っているのはそこにいる人たちだ。一人ひとりが持っているのは真実のかけらかもしれないが、それを集めればいつか「唯一の真実」が浮かび上がってくる。

それを行動指針にしながら私はウクライナとロシアを見つめ、真実を探っていきたい。

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『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』
2019年/ポーランド、イギリス、ウクライナ/118分
監督:アグニェシュカ・ホランド
脚本:アンドレア・ハウパ
撮影:トマシュ・ナウミュク
音楽:アントニー・ラザルキービッツ
出演:ジェームズ・ノートン、バネッサ・カービー、ピーター・サースガード、ジョゼフ・マウル

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