(C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures

合唱団の講師をしているハットラは、アイスランドの草原に立つ送電線をショートさせて停電を起こし、アルミニウム工場の停止を図る。計画を成功させたハットラのもとに、4年前にしていた養子縁組の申請が通ったという知らせが来る。養子に迎えることになったのは、4歳のウクライナの少女ニーカ。少女のために活動をやめることも考えたハットラだったが、双子の姉に保証人になってもらい、最後の戦いに臨むことを決意する。

アイスランドの雄大な自然を舞台に、「おばさん」が挑む風変わりな戦いを描いた社会派コメディ映画。2018年カンヌ国際映画祭の批評家週間で劇作家作曲家協会賞を受賞。

わからないテーマ

おばさんが送電線を攻撃して、アルミニウム工場の操業を停止しようとする。その後のニュースによれば何度も繰り返し行われている破壊工作らしい。でも、犯行声明もなく、犯人は判明せず、犯人の意図もわからない。観客は犯人はわかっている(映画の主人公なんだから当然だが)が、彼女の意図はわからない。

苔や草や野に咲く花に顔をうずめるのが好きなようだから、自然を守ろうという活動なのだろうが、ターゲットがアルミニウム工場なのはなぜなのか。アイスランドでは、アルミニウム工場が環境を破壊しているのは周知の事実なのだろうか?そこがわからないので、彼女が何を主張しようとしているのかがわからない。

もう一つ物語の軸になるのは養子の話で、ウクライナで孤児になった少女を養子として迎え入れるというのは素晴らしい話だ。ハットラには人道主義的傾向が根底にあり、破壊工作に走らせるのものその傾向なのだろうとは思うが、一貫した物語として捉えることは難しく、結局彼女が何をしたいのかはよくわからないままだ。

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寓話的面白さと主人公の魅力

そんなよくわからない物語ではあるが、おもしろい映画ではある。その面白さを生み出している一つの要因は、主人公ハットラの魅力だ。ただのおばさんに見えるが、弓矢や電動工具を駆使してたった一人で巨大企業に戦いを挑む、その姿はかっこいい。なんだかわからないが応援したくなる。冷静に考えると、彼女の方に理があるわけでもないのに。

そう思うのは、ハットラが自分の利益のためではなく、世のため人のために行動しているようにみえるからではないだろうか。独りよがりだとしても、彼女の行動には世の中をよくするためという信念が根底にあり、それが伝わってくるから彼女の味方をしてくなるのだろう。だからよくわからなくても映画に入っていけるのだ。

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もう一つの面白さの要因は寓話的な登場人物たち。頻繁に登場する楽団とコーラス隊、南米からの旅行者の青年、「いとこもどき」の男などなど。

楽団は「BGMが流れてるなー」と思ったら、必ず楽団かコーラス隊かピアニストが登場し生演奏をしているという形で存在する。彼らがいることで映画に変則的なリズムが生まれ、楽しくなる。

最初は観客だけに見えている存在なのかと思ったが、南米の青年などには見えているらしい。彼らが何を意味しているのかは解釈するしかないが、アイスランドの自然の「音」を表しているのかもしれない。風や動物や鳥が奏でる音、アイスランドの人たちにとっては当たり前に存在するもので、存在を気に留めることはないが、外国人の青年にとっては初めて感じるものなので、その存在に気づく、そういうことかもしれない。

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だとしたら、その南米からの旅行者の青年は何なのか。彼はハットラの代わりに何度も逮捕される。彼のお陰でハットラは捕まるのを免れ、行動を続けられる。彼は革命家でもなんでもないが、チェ・ゲバラのTシャツを身に着け、自転車で旅行しているところを見ると、「自由」を象徴しているのだろう。彼が度々拘束されることは、アイスランドにおいて「自由」が制限されていることをほのめかしているのかもしれない。ハットラが秘密の会話をするときに携帯電話を電子レンジ?の中に隠すのも、監視社会であることを示しているし。

ウクライナと世界をよくする方法

最後に、これは映画が作られた時点ではそれほど意図されていなかっただろうけれど、ウクライナという文脈にも注目せざるをえない。ハットラが養子に迎えることになった少女ニーカは、ドンパス州に住んでいて、戦闘で両親を亡くし、その後引き取ってくれた祖母(だったか)も亡くしてしまったという設定。

この映画が作られた時期を考えると、この戦闘というのは2014年のマイダン革命後の、ウクライナ政府と分離独立はとの内戦のことだろう。ドンパスの分離独立派はロシアの支援を受けていて、この内戦は今回(2022年)にロシアがウクライナに侵攻したときの口実になった「ロシア人の迫害」の論拠になったものだ。

その内戦によって戦争孤児が生まれていたことを描いているこの映画は、非常に視野が広いと感じる。さらに、そのウクライナのシーンで洪水が描かれていることを考えると、地球温暖化がもたらす世界の危機を大きく捉えて描こうとしているのかもしれないと思えてくる。

私たちはこの大きな問題に対して何もできることはないと思ってしまいがちだが、ハットラは信念に基づいて破壊活動をし、養子をとろうとする。そんなハットラに双子の姉が「ウクライナの子どもを引き取ることは、世界を少しは良くする」というようなことを言うシーンがある。

(C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures

そのシーンを見て、この映画は私たち一人ひとりが少しは世界が良くなる行動を取らなければ、世界は悪くなる一方だということを言いたいのかもしれないと思った。この複雑な世界をよくするためには、ハットラのような一途な信念が必要なのかもしれない。たとえ他人には理解されなくとも。

『たちあがる女』
Woman at War
2018年/アイスランド・フランス・ウクライナ/101分
監督:ベネディクト・エルリングソン
脚本:ベネディクト・エルリングソン、オラフル・エギルソン
撮影:ベルグステイン・ビョルゴルフソン
音楽:ダビズ・トール・ヨンソン
出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル、ヨハン・シグルズアルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソン

https://i2.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/04/womanwar_3.jpg?fit=640%2C400&ssl=1https://i2.wp.com/socine.info/wp-content/uploads/2022/04/womanwar_3.jpg?resize=150%2C150&ssl=1ishimuraMovieウクライナ,コメディ,環境問題
(C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures 合唱団の講師をしているハットラは、アイスランドの草原に立つ送電線をショートさせて停電を起こし、アルミニウム工場の停止を図る。計画を成功させたハットラのもとに、4年前にしていた養子縁組の申請が通ったという知らせが来る。養子に迎えることになったのは、4歳のウクライナの少女ニーカ。少女のために活動をやめることも考えたハットラだったが、双子の姉に保証人になってもらい、最後の戦いに臨むことを決意する。 アイスランドの雄大な自然を舞台に、「おばさん」が挑む風変わりな戦いを描いた社会派コメディ映画。2018年カンヌ国際映画祭の批評家週間で劇作家作曲家協会賞を受賞。 わからないテーマ おばさんが送電線を攻撃して、アルミニウム工場の操業を停止しようとする。その後のニュースによれば何度も繰り返し行われている破壊工作らしい。でも、犯行声明もなく、犯人は判明せず、犯人の意図もわからない。観客は犯人はわかっている(映画の主人公なんだから当然だが)が、彼女の意図はわからない。 苔や草や野に咲く花に顔をうずめるのが好きなようだから、自然を守ろうという活動なのだろうが、ターゲットがアルミニウム工場なのはなぜなのか。アイスランドでは、アルミニウム工場が環境を破壊しているのは周知の事実なのだろうか?そこがわからないので、彼女が何を主張しようとしているのかがわからない。 もう一つ物語の軸になるのは養子の話で、ウクライナで孤児になった少女を養子として迎え入れるというのは素晴らしい話だ。ハットラには人道主義的傾向が根底にあり、破壊工作に走らせるのものその傾向なのだろうとは思うが、一貫した物語として捉えることは難しく、結局彼女が何をしたいのかはよくわからないままだ。 (C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures 寓話的面白さと主人公の魅力 そんなよくわからない物語ではあるが、おもしろい映画ではある。その面白さを生み出している一つの要因は、主人公ハットラの魅力だ。ただのおばさんに見えるが、弓矢や電動工具を駆使してたった一人で巨大企業に戦いを挑む、その姿はかっこいい。なんだかわからないが応援したくなる。冷静に考えると、彼女の方に理があるわけでもないのに。 そう思うのは、ハットラが自分の利益のためではなく、世のため人のために行動しているようにみえるからではないだろうか。独りよがりだとしても、彼女の行動には世の中をよくするためという信念が根底にあり、それが伝わってくるから彼女の味方をしてくなるのだろう。だからよくわからなくても映画に入っていけるのだ。 (C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures もう一つの面白さの要因は寓話的な登場人物たち。頻繁に登場する楽団とコーラス隊、南米からの旅行者の青年、「いとこもどき」の男などなど。 楽団は「BGMが流れてるなー」と思ったら、必ず楽団かコーラス隊かピアニストが登場し生演奏をしているという形で存在する。彼らがいることで映画に変則的なリズムが生まれ、楽しくなる。 最初は観客だけに見えている存在なのかと思ったが、南米の青年などには見えているらしい。彼らが何を意味しているのかは解釈するしかないが、アイスランドの自然の「音」を表しているのかもしれない。風や動物や鳥が奏でる音、アイスランドの人たちにとっては当たり前に存在するもので、存在を気に留めることはないが、外国人の青年にとっては初めて感じるものなので、その存在に気づく、そういうことかもしれない。 (C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures だとしたら、その南米からの旅行者の青年は何なのか。彼はハットラの代わりに何度も逮捕される。彼のお陰でハットラは捕まるのを免れ、行動を続けられる。彼は革命家でもなんでもないが、チェ・ゲバラのTシャツを身に着け、自転車で旅行しているところを見ると、「自由」を象徴しているのだろう。彼が度々拘束されることは、アイスランドにおいて「自由」が制限されていることをほのめかしているのかもしれない。ハットラが秘密の会話をするときに携帯電話を電子レンジ?の中に隠すのも、監視社会であることを示しているし。 ウクライナと世界をよくする方法 最後に、これは映画が作られた時点ではそれほど意図されていなかっただろうけれど、ウクライナという文脈にも注目せざるをえない。ハットラが養子に迎えることになった少女ニーカは、ドンパス州に住んでいて、戦闘で両親を亡くし、その後引き取ってくれた祖母(だったか)も亡くしてしまったという設定。 この映画が作られた時期を考えると、この戦闘というのは2014年のマイダン革命後の、ウクライナ政府と分離独立はとの内戦のことだろう。ドンパスの分離独立派はロシアの支援を受けていて、この内戦は今回(2022年)にロシアがウクライナに侵攻したときの口実になった「ロシア人の迫害」の論拠になったものだ。 その内戦によって戦争孤児が生まれていたことを描いているこの映画は、非常に視野が広いと感じる。さらに、そのウクライナのシーンで洪水が描かれていることを考えると、地球温暖化がもたらす世界の危機を大きく捉えて描こうとしているのかもしれないと思えてくる。 私たちはこの大きな問題に対して何もできることはないと思ってしまいがちだが、ハットラは信念に基づいて破壊活動をし、養子をとろうとする。そんなハットラに双子の姉が「ウクライナの子どもを引き取ることは、世界を少しは良くする」というようなことを言うシーンがある。 (C)2018-Slot Machine-Gulldrengurinn-Solar Media Entertainment-Ukrainian State Film Agency-Koggull Filmworks-Vintage Pictures そのシーンを見て、この映画は私たち一人ひとりが少しは世界が良くなる行動を取らなければ、世界は悪くなる一方だということを言いたいのかもしれないと思った。この複雑な世界をよくするためには、ハットラのような一途な信念が必要なのかもしれない。たとえ他人には理解されなくとも。 『たちあがる女』Woman at War2018年/アイスランド・フランス・ウクライナ/101分監督:ベネディクト・エルリングソン脚本:ベネディクト・エルリングソン、オラフル・エギルソン撮影:ベルグステイン・ビョルゴルフソン音楽:ダビズ・トール・ヨンソン出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル、ヨハン・シグルズアルソン、ヨルンドゥル・ラグナルソン https://youtu.be/Zf3rdHD67qY
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