インターネット上に存在する個人情報がどう扱われているのか、誰もが気になることだと思います。今回取り上げる『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』(邦題がイケてないのはもはやNetflixのお家芸)は、マーク・ザッカーバーグがアメリカ議会の公聴会に呼ばれて話題になった、個人情報の流用問題がテーマ。

個人情報の流用が…というより、個人に紐付けられた情報が大統領選の結果をも左右するという衝撃的な内容で、映画としても非常に面白いものでした。SNSがテーマと言うより、世界そのもの、人間そのものがテーマと言ってもいい現代人必見のドキュメンタリー映画です。

データで選挙結果も操れる世界

この映画の中心的な題材であり、もっとも衝撃とも言えるのが、先のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営がデータマイニング会社のケンブリッジ・アナリティカ(以下、CA)と契約し、FacebookやGoogleのデータを利用して、有権者の投票行動をコントロールしようとしたということです。

具体的なやり方としては、まずFacebookのデータやFacebook上でのアンケートをもとに有権者の思想や性格を分析します。その結果から、激戦州の有権者の中で態度を決めていない人を絞り込み、その人達をターゲットにしてフェイクニュースを含めたSNS広告を流して、トランプに投票するよう誘導するというものです。しかもそれを「説得できるまで続け」ることで確実に結果を上げるのです。

この何が衝撃的かというと、選挙結果が世論を動かすことによってではなく、ほんの一部の個人を動かすことによって左右されるということです。しかも投票する個人はそれを自分の意志と捉えているので、一見問題がないように見えます。

しかしこれは、映画の中でも繰り返し言われている通り民主主義の危機です。なぜ危機なのか、CAがやったことについてもう少し分析的に見ていくとわかってきます。

新しい”プロパガンダ”の衝撃

CAが損なったものとは何だったのでしょうか?

ここからは私の分析ですが、彼らが損なったのは「公平」であると考えます。あるいは「平等」。

CAのやったことを分析的に見てみると、彼らはターゲットになった有権者がフラットな立場で候補者を選択する自由を奪っています。ターゲットはCAによる情報操作により公平な選択を妨げられているのです。同時に、対立候補が等しく主張を伝える機会も奪っています。2つの「公平さ」が損なわれているのです。

民主主義というのは市民が公平な立場で代議士や統治者を選択することで成り立っています。CAはこれを力と金で捻じ曲げたのです。

このように公平さを捻じ曲げる政治的宣伝を「プロパガンダ」といいます。CAはまったく新しく、そして醜悪なプロパガンダの形を生み出したのです。

なぜこれが衝撃的なのか、この映画の中に登場する別の例を見るとわかるかもしれません。

それは、トリニダード・トバゴの選挙でCAが果たした役割でした。トリニダード・トバゴはアフリカ系とインド系が政権を争う国ですが、CAはインド系を勝たせるべく、アフリカ系の若者が選挙に行かないように誘導したというのです。

これが民主主義の破壊でなくて何なのか、CAの手法を使えばプロパガンダによってここまでのことが可能になるのです。

民主主義を破壊するのは誰か

ここまで、CAが民主主義を破壊してきたという話をしてきましたが、CA自体がそれをやろうとしていたわけではもちろんありません。民主主義を破壊しているのは、トランプ陣営であり、トリニダード・トバゴのインド系政党であり、(ここまで言及していませんが)ブレクジット推進派です。しかも彼らも選挙に勝つことが目的で、それが結果的に民主主義を破壊しているに過ぎないのです。

でもだからといって彼らが免罪されるわけではありません。

むしろ、民主主義の歴史は彼らのような人たちとの戦いの歴史であり、CAはそこに新たな1ページを加えたに過ぎないのです。

民主主義の歴史とは、あらゆる手を使って不平等を押し付けてくる権力と、公平/平等を求める民衆の戦いの歴史です。

Photo by Markus Spiske on Unsplash

「権力」というのは曖昧な表現ですが、要は既得権益者のことです。既得権益者はその権益を渡したくないので、平等や公平は望みません。なぜならその権益は民衆の犠牲のもとに成り立っているので、平等な世界になったらそれを分配しなければいけないからです。

だから権力は民衆の一部を仲間に引き入れて、人々が不平等になるようにし、憎悪と恐怖を煽り、分断を図ります。それによって自分たちの権益が守れるからです。

つまり、私たちはずっと公平/平等の側に立つ者と他者を犠牲にしても自己の利益を追求するものの間の戦いを戦ってきているです。この戦いにおいては、誰しもがその間のどこかにいて、どちらの陣営も味方を増やそうとしています。そして、強力なツールを持った権力のほうが有利で、そちらにつくほうが楽なことは『ゼイリブ』のときにも書きました。

では、私は、あなたはこの戦いにおいてどのあたりの位置に立つべきなのでしょうか。この映画はそのあたりにも言及し、人間の本質へと迫っていきます。

私たちが失ってはいけないもの、それは尊厳

映画の終盤に「人間の尊厳が危うくなっている」という発言が飛び出します。

私はこの発言がすごく気になりました。人間の「尊厳」とは一体何なのか、そしてそれが危うくなっているとはどういうことなのか。

そもそも「尊厳」とは何か。

「尊厳」とは、人の価値に対する敬意と尊重で、18世紀の哲学者イマニュエル・カントまで遡れば、人間は生来、尊厳を持っていて、いかなる人間も「対象」として扱われてはならないということになります。

人間は生まれながらに尊厳があり、それが普遍的な人権の源にもなっているのです。CAとトランプ陣営がやっていたのは、人間を投票行動をコントロールする「対象」として扱うことで、まさしく人間の尊厳を蔑ろにする行為だったのです。

そう考えると、そもそも他人を犠牲にして自己の利益を追求する行為自体が人間の尊厳を損なうものです。だから、尊厳を守ろうとするならそちら側に立つべきではないということになります。

SNSの個人情報という話からだいぶ遠くまで来てしまって、自分でもなんだか腑に落ちないのですが、そこまで考えないとこのCAの問題の意味を捉えることはできないのだと思います。

映画の中でCA問題を追求するジャーナリストのキャロル・キャッドウォラダーさんがEUの公聴会で「もっともっともっともっと上を見なければいけない」と言っていました。CAのことを調べ尽くしてきた彼女だからこそわかるこの問題の深遠がそこに見えるのです。

彼女が出演したTEDはこちら↓

映像が私たちに植え付けるもの

最後に、映像作品として見た時に印象的だったことを書いて終わりにしたいと思います。

それは、デジタルとリアルの融合です。この作品ではオープニングにも非常に精巧なCGが使われ、全編に渡ってスマホやパソコンの画面がリアルの空間に浮き出る演出が見られたり、デジタル空間に迷い込んだような映像が織り込まれます。

©Netflix

私たちはこのような映像を見ても違和感を感じないと思います。それだけ現実世界においてもデジタルとリアルの融合が進んでいて、すでに現実がこのように見えていることを示唆しているのではないでしょうか。そして同時にそれが監視されていることも。

ただ、このような演出が映画の中盤で影を潜めます。それは内部告発者であるブリタニー・カイザーさんをカメラが追っていく一連のシーンです。ただ、終盤にはまたもとのような演出に戻るのです。

これが意味するのは、デジタルとリアルの融合がはらむ危険性と、もはやそれを避けることができない現実の両方なのだと思います。私たちのリアルにはどんどんデジタルが侵食してきていて、それを避けることはできない。でもそこには危険もはらんでいる。そのことをイメージで私たちに訴えかけようとしているのです。

私たちはこのデジタルとリアルが融合していく社会の中でいかに人間の尊厳を保ち、公平で平等な社会を実現していくことができるのか、さまざまな角度から視座を与えてくれる作品でした。

『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』
The Great Hack
2019年/アメリカ/119分
監督:カリム・アーメル、ジェヘイン・ヌジェーム
脚本: カリム・アーメル、エリン・バーネット、ペドロ・コス
撮影:バジル・チルダース、イアン・モーベイト

http://socine.info/wp-content/uploads/2019/10/greathack3-1024x576.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2019/10/greathack3-300x300.jpgishimuraMovieNetflix,ドキュメンタリー映画,民主主義
インターネット上に存在する個人情報がどう扱われているのか、誰もが気になることだと思います。今回取り上げる『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』(邦題がイケてないのはもはやNetflixのお家芸)は、マーク・ザッカーバーグがアメリカ議会の公聴会に呼ばれて話題になった、個人情報の流用問題がテーマ。 個人情報の流用が…というより、個人に紐付けられた情報が大統領選の結果をも左右するという衝撃的な内容で、映画としても非常に面白いものでした。SNSがテーマと言うより、世界そのもの、人間そのものがテーマと言ってもいい現代人必見のドキュメンタリー映画です。 https://youtu.be/nHnm1vYka7Y データで選挙結果も操れる世界 この映画の中心的な題材であり、もっとも衝撃とも言えるのが、先のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営がデータマイニング会社のケンブリッジ・アナリティカ(以下、CA)と契約し、FacebookやGoogleのデータを利用して、有権者の投票行動をコントロールしようとしたということです。 具体的なやり方としては、まずFacebookのデータやFacebook上でのアンケートをもとに有権者の思想や性格を分析します。その結果から、激戦州の有権者の中で態度を決めていない人を絞り込み、その人達をターゲットにしてフェイクニュースを含めたSNS広告を流して、トランプに投票するよう誘導するというものです。しかもそれを「説得できるまで続け」ることで確実に結果を上げるのです。 この何が衝撃的かというと、選挙結果が世論を動かすことによってではなく、ほんの一部の個人を動かすことによって左右されるということです。しかも投票する個人はそれを自分の意志と捉えているので、一見問題がないように見えます。 しかしこれは、映画の中でも繰り返し言われている通り民主主義の危機です。なぜ危機なのか、CAがやったことについてもう少し分析的に見ていくとわかってきます。 新しい”プロパガンダ”の衝撃 CAが損なったものとは何だったのでしょうか? ここからは私の分析ですが、彼らが損なったのは「公平」であると考えます。あるいは「平等」。 CAのやったことを分析的に見てみると、彼らはターゲットになった有権者がフラットな立場で候補者を選択する自由を奪っています。ターゲットはCAによる情報操作により公平な選択を妨げられているのです。同時に、対立候補が等しく主張を伝える機会も奪っています。2つの「公平さ」が損なわれているのです。 民主主義というのは市民が公平な立場で代議士や統治者を選択することで成り立っています。CAはこれを力と金で捻じ曲げたのです。 このように公平さを捻じ曲げる政治的宣伝を「プロパガンダ」といいます。CAはまったく新しく、そして醜悪なプロパガンダの形を生み出したのです。 なぜこれが衝撃的なのか、この映画の中に登場する別の例を見るとわかるかもしれません。 それは、トリニダード・トバゴの選挙でCAが果たした役割でした。トリニダード・トバゴはアフリカ系とインド系が政権を争う国ですが、CAはインド系を勝たせるべく、アフリカ系の若者が選挙に行かないように誘導したというのです。 これが民主主義の破壊でなくて何なのか、CAの手法を使えばプロパガンダによってここまでのことが可能になるのです。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || ).push({});
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