(C)2020 映画「風の電話」製作委員会

9歳のとき、岩手県大槌町で東日本大震災で被災したハルは、両親と弟を津波で流され、広島県呉市に暮らすおばの広子に引き取られた。それから8年、高校3年生になったハルは広子と愛情で結ばれてはいるものの、どこか生気のない目で日々を過ごしていた。そんなある日、帰宅したハルは台所で倒れていた広子を発見、病院に運ばれ、容態は落ち着いたものの意識は戻らなかった。翌朝、ハルは広子を置いてハルは病院をあとにする。

当て所なく歩いたハルは、豪雨被害にあった家で年老いた母親と暮らす公平に助けられる。少しボケた母親と話し、公平に「生き残ったものは食べなきゃいけない」と言葉をかけられたハルは、ヒッチハイクを始める…

東日本大震災という大きな災害を背景に、人の生き死にという大きなテーマにまっすぐぶつかる高校生の姿を描いたヒューマンドラマ。震災から9年が経っても癒えない被災者たちの心と、さまざまな災害や悲劇を描く。

ハルは何を求めて旅をするのか

ハルは9歳で家族を失い、今度は唯一の肉親であろうおばも失いそうになったことで、本当に一人ぼっちになってしまう恐怖に襲われる。疲れたように歩いてたどり着いた荒れ地でハルは「どうして全部奪うの」というようなことを一人叫び、その場に倒れ込む。おばの存在によって8年間、閉じ込めることができていた孤独が溢れ出し、それが絶望に変わってしまった瞬間だ。

倒れていつところを公平に助けられてもハルは何も喋らず、心を閉ざしたままで射る。それでもボケた母親とふれあい、その母親は娘を自殺で失ってしまったことを知り、公平に「生き残ったものは食べなきゃいけない」と言われ、ご飯を食べ始める。そして公平に送ってもらった駅で思い悩む表情を浮かべたハルは、翌朝、ヒッチハイクを始める。

(C)2020 映画「風の電話」製作委員会

明らかになるのは後のことだが、ハルはかつて住んでいた大槌町に向かおうとする。ハルはどこに向かっていて何を求めているのか、これがこの映画が投げかける最大の謎だ。

その道中で、ハルは公平を皮切りに悲劇に見舞われた人々に出会う。もっとも重要なのは西島秀俊演じる森尾だ。道の駅でハルを助けた森尾は埼玉まで送っていくといい、一緒に埼玉に行く。森尾はそこで震災のときに福島にボランティアに来ていたというクルド人を探す。その男はいまは入館に収容されているが、ハルと森尾はその男の家族に招かれ食卓を囲む。ハルは同世代のクルド人の娘と話し、迫害で故郷を終われ日本でも苦難の中にあるにも関わらず前に進もうとするその娘から何かを受け取る。

ハルはなにか目的があって大槌に向かっているのだと思うが、重要なのはその途中でである人々で、様々な悲劇を経験した人と出会うことでハルは成長していく。

感動するしかない成長する少女の姿

ハルはどの場面でもほとんど話さないが、出会った人々との交流からいろいろなものを受け取っていることは見て取れる。その受け取ったものを自分の中で咀嚼し、それを糧に未来へと目を向けられるようになっていく。

簡単に言ってしまうと、自分は世界一悲惨な運命だと思いこんでいた少女が、様々な人がいてそれぞれ悲しみや苦しみを抱えている世界に出会い、自分を客観視できるようになっていくという話だ。

(C)2020 映画「風の電話」製作委員会

人は大切な人を様々な理由で失うが、それでも生きていかなければならない。どうして生きていかなきゃいけないのかという疑問は頭を離れないけれど、それでも生きていく人達の姿から様々なことを学ぶ。そして、最後に森尾の口から決定的な言葉を聞く。

ハルは大槌に行って死のうとしていたのかもしれない。死ねば家族に会える、そう思って大槌へ向かったのかもしれない。でも、その旅の途中でハルは成長し、生きることと死ぬことの意味を考え直したのだろう。死ぬための旅が生きる意味をしる旅へと変わっていったということなのではないか。

成長し変化し大槌町へとついたハルは、同級生の母親に偶然出会う。このシーンは感動せずにはいられない。心の痛みがリアルに描かれ、ハルの成長も感じられ、これまで積み上げてきたものが一気に襲ってきて見る人の感情を揺り動かす。実際に東日本大震災に被災した人にはきついシーンかもしれないが、多くの人にとっては感動的なシーンだろう。

そして最後、ハルは年下の少年と出会う。このシーンは仕上げと言ってもいいだろう。ここでハルは少年を保護する側に回り、自分がずっと守られてきたことを実感する。この旅の中でもそうだし、震災から今までもそうだし、さらに言えば震災前もそうだった。自分が守られる存在から、誰かを守る存在へと成長すること、それが自分にとって必要なことだとハルは実感し、自分の思い、生きていく決意を言葉にして映画は幕を閉じる。

(C)2020 映画「風の電話」製作委員会

災害を風化させない

本当によくできた映画だ。見ているときには、東日本大震災だけでなく、豪雨災害やクルド人や自殺と詰め込み過ぎじゃないかと思ったけれど、最後まで見るとそれぞれ意味があったことがわかる。

この映画は東日本大震災を矮小化することなく、でも様々な災害の一つとして客体化することで、多くの人が共感できる物語にしている。東日本大震災では、多くの人が大切な人を失った。被災した人にとってはその記憶は生々しいままで風化することなどありえない。しかし、被災地から遠く離れた人の中ではその記憶はどうしても風化していく。

しかし、大切な人を失った経験がある人は多い。そしてその理由は様々だ。この映画は東日本大震災を、大切な人が奪われてしまった大きな災害の一つとして描くことで、沢山の人々が被災者に共感できるように誘う。それによって東日本大震災を自分ごととしてもう一度捉え直してもらおうとするのだ。

(C)2020 映画「風の電話」製作委員会

「風の電話」は映画の終盤まで出てこないが、岩手県大槌町に実際にある「亡くなった人に思いを伝えることができる電話」だ。東日本大震災の被災地にあり、震災後に注目を集めたが、この電話を訪れる理由は東日本大震災だけではない。それだけ多くの人が亡き人に思いを伝えたいと思っているということだ。そして、同じ思いを持つ人は共感しあえる。この映画が描くのは、そんな大切な人を失った人たちの共感であり、それによって多くの人が大切な人を失った東日本大震災や他の様々な悲劇への共感を呼び起こすことができる。

生き残った私たちがやるべきなのは、ひとそれぞれ1年に1度でも、大きな災害のあった日にそのことに思いを馳せ、亡くなった人たちを思い、また1年生き続けることだ。

その日が3月11日だという人は多いだろうし、私もその一人だ。この映画はそんな日に見るのにピッタリの映画だ。震災直後には、震災そのものや被災者のドキュメンタリー映画が多く作られたが、時がたつに連れ、震災やその後を題材にした劇映画が多く作られるようになった。震災直後に作られたドキュメンタリー映画を見返すことも大切だが、こうして時が経って作られた劇映画のほうが感情を揺り動かされることがある。今はそんな映画を見るべきタイミングだったのだろう。

本当に感動的で、かつ自分を顧みることができるいい映画だった。

ちなみに『すずめの戸締まり』と主人公の設定がほぼ一緒で、津波で流された家に一人で向かうのも同じなので、見比べてみると発見があるかもしれない。

『風の電話』
2020年/日本/139分
監督:諏訪敦彦
脚本:諏訪敦彦、狗飼恭子
撮影:灰原隆裕
音楽:世武裕子
出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、渡辺真起子、三浦友和、西田敏行、山本未來

ishimuraMovieヒューマンドラマ,東日本大震災,災害
(C)2020 映画「風の電話」製作委員会 9歳のとき、岩手県大槌町で東日本大震災で被災したハルは、両親と弟を津波で流され、広島県呉市に暮らすおばの広子に引き取られた。それから8年、高校3年生になったハルは広子と愛情で結ばれてはいるものの、どこか生気のない目で日々を過ごしていた。そんなある日、帰宅したハルは台所で倒れていた広子を発見、病院に運ばれ、容態は落ち着いたものの意識は戻らなかった。翌朝、ハルは広子を置いてハルは病院をあとにする。 当て所なく歩いたハルは、豪雨被害にあった家で年老いた母親と暮らす公平に助けられる。少しボケた母親と話し、公平に「生き残ったものは食べなきゃいけない」と言葉をかけられたハルは、ヒッチハイクを始める… 東日本大震災という大きな災害を背景に、人の生き死にという大きなテーマにまっすぐぶつかる高校生の姿を描いたヒューマンドラマ。震災から9年が経っても癒えない被災者たちの心と、さまざまな災害や悲劇を描く。 ハルは何を求めて旅をするのか ハルは9歳で家族を失い、今度は唯一の肉親であろうおばも失いそうになったことで、本当に一人ぼっちになってしまう恐怖に襲われる。疲れたように歩いてたどり着いた荒れ地でハルは「どうして全部奪うの」というようなことを一人叫び、その場に倒れ込む。おばの存在によって8年間、閉じ込めることができていた孤独が溢れ出し、それが絶望に変わってしまった瞬間だ。 倒れていつところを公平に助けられてもハルは何も喋らず、心を閉ざしたままで射る。それでもボケた母親とふれあい、その母親は娘を自殺で失ってしまったことを知り、公平に「生き残ったものは食べなきゃいけない」と言われ、ご飯を食べ始める。そして公平に送ってもらった駅で思い悩む表情を浮かべたハルは、翌朝、ヒッチハイクを始める。 (C)2020 映画「風の電話」製作委員会 明らかになるのは後のことだが、ハルはかつて住んでいた大槌町に向かおうとする。ハルはどこに向かっていて何を求めているのか、これがこの映画が投げかける最大の謎だ。 その道中で、ハルは公平を皮切りに悲劇に見舞われた人々に出会う。もっとも重要なのは西島秀俊演じる森尾だ。道の駅でハルを助けた森尾は埼玉まで送っていくといい、一緒に埼玉に行く。森尾はそこで震災のときに福島にボランティアに来ていたというクルド人を探す。その男はいまは入館に収容されているが、ハルと森尾はその男の家族に招かれ食卓を囲む。ハルは同世代のクルド人の娘と話し、迫害で故郷を終われ日本でも苦難の中にあるにも関わらず前に進もうとするその娘から何かを受け取る。 ハルはなにか目的があって大槌に向かっているのだと思うが、重要なのはその途中でである人々で、様々な悲劇を経験した人と出会うことでハルは成長していく。 感動するしかない成長する少女の姿 ハルはどの場面でもほとんど話さないが、出会った人々との交流からいろいろなものを受け取っていることは見て取れる。その受け取ったものを自分の中で咀嚼し、それを糧に未来へと目を向けられるようになっていく。 簡単に言ってしまうと、自分は世界一悲惨な運命だと思いこんでいた少女が、様々な人がいてそれぞれ悲しみや苦しみを抱えている世界に出会い、自分を客観視できるようになっていくという話だ。 (C)2020 映画「風の電話」製作委員会 人は大切な人を様々な理由で失うが、それでも生きていかなければならない。どうして生きていかなきゃいけないのかという疑問は頭を離れないけれど、それでも生きていく人達の姿から様々なことを学ぶ。そして、最後に森尾の口から決定的な言葉を聞く。 ハルは大槌に行って死のうとしていたのかもしれない。死ねば家族に会える、そう思って大槌へ向かったのかもしれない。でも、その旅の途中でハルは成長し、生きることと死ぬことの意味を考え直したのだろう。死ぬための旅が生きる意味をしる旅へと変わっていったということなのではないか。 成長し変化し大槌町へとついたハルは、同級生の母親に偶然出会う。このシーンは感動せずにはいられない。心の痛みがリアルに描かれ、ハルの成長も感じられ、これまで積み上げてきたものが一気に襲ってきて見る人の感情を揺り動かす。実際に東日本大震災に被災した人にはきついシーンかもしれないが、多くの人にとっては感動的なシーンだろう。 そして最後、ハルは年下の少年と出会う。このシーンは仕上げと言ってもいいだろう。ここでハルは少年を保護する側に回り、自分がずっと守られてきたことを実感する。この旅の中でもそうだし、震災から今までもそうだし、さらに言えば震災前もそうだった。自分が守られる存在から、誰かを守る存在へと成長すること、それが自分にとって必要なことだとハルは実感し、自分の思い、生きていく決意を言葉にして映画は幕を閉じる。 (C)2020 映画「風の電話」製作委員会 災害を風化させない 本当によくできた映画だ。見ているときには、東日本大震災だけでなく、豪雨災害やクルド人や自殺と詰め込み過ぎじゃないかと思ったけれど、最後まで見るとそれぞれ意味があったことがわかる。 この映画は東日本大震災を矮小化することなく、でも様々な災害の一つとして客体化することで、多くの人が共感できる物語にしている。東日本大震災では、多くの人が大切な人を失った。被災した人にとってはその記憶は生々しいままで風化することなどありえない。しかし、被災地から遠く離れた人の中ではその記憶はどうしても風化していく。 しかし、大切な人を失った経験がある人は多い。そしてその理由は様々だ。この映画は東日本大震災を、大切な人が奪われてしまった大きな災害の一つとして描くことで、沢山の人々が被災者に共感できるように誘う。それによって東日本大震災を自分ごととしてもう一度捉え直してもらおうとするのだ。 (C)2020 映画「風の電話」製作委員会 「風の電話」は映画の終盤まで出てこないが、岩手県大槌町に実際にある「亡くなった人に思いを伝えることができる電話」だ。東日本大震災の被災地にあり、震災後に注目を集めたが、この電話を訪れる理由は東日本大震災だけではない。それだけ多くの人が亡き人に思いを伝えたいと思っているということだ。そして、同じ思いを持つ人は共感しあえる。この映画が描くのは、そんな大切な人を失った人たちの共感であり、それによって多くの人が大切な人を失った東日本大震災や他の様々な悲劇への共感を呼び起こすことができる。 生き残った私たちがやるべきなのは、ひとそれぞれ1年に1度でも、大きな災害のあった日にそのことに思いを馳せ、亡くなった人たちを思い、また1年生き続けることだ。 その日が3月11日だという人は多いだろうし、私もその一人だ。この映画はそんな日に見るのにピッタリの映画だ。震災直後には、震災そのものや被災者のドキュメンタリー映画が多く作られたが、時がたつに連れ、震災やその後を題材にした劇映画が多く作られるようになった。震災直後に作られたドキュメンタリー映画を見返すことも大切だが、こうして時が経って作られた劇映画のほうが感情を揺り動かされることがある。今はそんな映画を見るべきタイミングだったのだろう。 本当に感動的で、かつ自分を顧みることができるいい映画だった。 ちなみに『すずめの戸締まり』と主人公の設定がほぼ一緒で、津波で流された家に一人で向かうのも同じなので、見比べてみると発見があるかもしれない。 https://youtu.be/NDmAQyhiotQ 『風の電話』2020年/日本/139分監督:諏訪敦彦脚本:諏訪敦彦、狗飼恭子撮影:灰原隆裕音楽:世武裕子出演:モトーラ世理奈、西島秀俊、渡辺真起子、三浦友和、西田敏行、山本未來
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