東日本大震災から8年が経ちました。毎年3月11日にはいろいろなことを考えます。今年もいろいろ思い出す中で、比較的最近見た映画『盆唄』のことを考えました。

東日本大震災の捉え方は人それぞれだと思います。ただ、直接の被害にあっていなくても、記憶として心に重くのしかかると感じる人が多いだろうと思います。それは、被害の甚大さ故、言い換えればそれは死者の多さが理由なのではないか、そう思ったのです。震災直後に様々な報道や見聞きする物語であまりに多くの人の死に接し、それが私たちに重くのしかかってくるのです。

それは言い換えれば死者を抱えることの重み、人の死に報いるためにどう生きればいいのかという問いの重みなのかもしれません。映画『盆唄』には死者を抱えている人たちが多く登場します。

双葉町とハワイの「盆唄」

福島県双葉町は福島第一原発事故後に避難指示区域に指定され、住民たちはあちこちへと避難していきました。その中で伝統的な盆踊りと唄をどう保っていくのか。話は避難から数年たったところから始まります。

祭りの太鼓づくりもする電気工事屋の横山さんを中心に4年ぶりに仲間たちが集まりますが、盆踊り再開の目処は立ちません。そんな中、ハワイの日系人と福島の写真を取り続ける写真家岩根愛さんから、ハワイに伝わる「フクシマオンド」というBON DANCE(盆踊り)の存在を教えられます。

双葉町の人たちは、双葉町の盆唄を伝えるためにBON DANCEの開催に合わせてハワイへと向かいます。

ハワイで彼らが出会った人たちは、歌詞の意味もわからないまま盆唄を歌い継いでいました。2世や3世は上の世代から唄を受け継いぎ、先祖の存在をそこに感じていたのです。フクシマオンドについて話すハワイの人達は亡くなった親や祖父母のことを思っているようでした。彼らはそうやって直接的には失われてしまった故郷の日本と福島とのつながりを意識的であれ無意識であれ保って来たのです。

双葉町の人たちは、そのハワイの人達に、盆踊りの再開の目処が立たないために失われるかもしれない自分たちの盆唄を伝えようとします。自分たちが受け継いできたものをハワイの人たちに守ってもらおうと考えるのです。

なぜ盆唄が大事なのか

ハワイの人たちも双葉町の人たちもなぜそこまで盆唄を大事にするのか、特に故郷も持たず、受け継ぐべき盆唄も持たない私は疑問に思いました。そもそも盆唄にはどのような意味があるのでしょう。

お盆は先祖をお迎えする日、盆踊りは先祖を歓迎する音楽と踊りです。もちろん、本当に先祖がやってくるわけではありません(魂や霊魂の存在を信じている方がいらっしゃったらすみません)。私達がお盆という行事や盆踊りという祭りを通して先祖のことを思い出すという意味です。

盆唄はその中心に存在しているので、先祖を呼び起こす「音」なのだと思います。映画の中で横山さんが「自分が盆踊りそのものになる瞬間がある」と話していました。音楽と踊りに没入して、盆踊りという大きな存在と自分が同一のものと感じられるようになるという意味だと思います。このような没入の経験は多かれ少なかれ誰にでもあるのではないでしょうか。

盆踊りの場合、その没入によって感じられるのは先祖の存在なのだと思います。盆唄自体、先祖が歌い継いで来たものであるので、そこに没入するということはその歌い継いできた人達と一体にあることだと思えるからです。だから、歌い、踊ることによって実際に会ったことのない先祖でもどこか繋がりを感じることができるのだと思います。

そうやって先祖とのつながりを感じられるからこそ盆唄は彼らにとって大事なものなのです。

死者たちとのつながり

映画の話に戻ると、双葉町の盆唄を支える人たちもその唄によって死者(必ずしも先祖とは限らないので言い換えますが)に思いを馳せているようにみえます。実際に彼らのうちの何人かは震災かあるいはそれから数年の間に親しい家族を失っていることも示唆されていて、彼らは唄い、踊り、楽器を奏でることでその人達の存在をより近くに感じようとしているように私には見えたのです。

東日本大震災とその後の避難生活で多くの方が亡くなりました。福島の浜通りの人たちは私達よりはるかに多くの親しい死者を抱えて生きているのです。そしてハワイの日系人たちも厳しい生活に長年絶えてきた歴史を持つので、死者たちの存在が自分を生かしてくれているという思いが強いのだろうと思います。

そんな死者たちとのつながりを強く感じられる年に一度の機会が盆踊りなのです。だから彼らには盆踊りと盆唄が大事なのです。

この映画の最後の20分(かどうかはわかりませんが10分以上)、盆踊りの映像が続きます。そこにはほとんど説明もなく、ただただ太鼓と笛と歌い手と踊り手が写っているだけ。一度だけ「ご先祖様一緒に踊りましょう」という字幕が入り、今度は踊り手もいない櫓だけの空間で盆唄を演奏する映像が流れます。

このほぼ音楽だけの20分間では、さらに死者の存在を強く感じました。私も親しい死者たちのことを思いました。それは、怖いものではなく、どこかあたたかい死者たち。私には、彼らが踊っているというよりは見守っている感じがしましたが、それは見る人それぞれが抱える死者によって変わってくるのでしょう。

東日本大震災のことを考えることは、そこで亡くなった人たちのことを考えることでもあり、それは自分が抱えている死者について思いを馳せるきっかけにもなる。

『盆唄』
http://www.bitters.co.jp/bon-uta/
2018年/日本/134分
監督:中江裕司
撮影:平林総一郎
音楽:田中拓人
出演:福島県双葉町の皆さん、マウイ太鼓ほか
2月15日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー!フォーラム福島、まちポレいわきも同時公開!

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東日本大震災から8年が経ちました。毎年3月11日にはいろいろなことを考えます。今年もいろいろ思い出す中で、比較的最近見た映画『盆唄』のことを考えました。 東日本大震災の捉え方は人それぞれだと思います。ただ、直接の被害にあっていなくても、記憶として心に重くのしかかると感じる人が多いだろうと思います。それは、被害の甚大さ故、言い換えればそれは死者の多さが理由なのではないか、そう思ったのです。震災直後に様々な報道や見聞きする物語であまりに多くの人の死に接し、それが私たちに重くのしかかってくるのです。 それは言い換えれば死者を抱えることの重み、人の死に報いるためにどう生きればいいのかという問いの重みなのかもしれません。映画『盆唄』には死者を抱えている人たちが多く登場します。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || ).push({});
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