Photo by Bao Tran on Unsplash

次は映画の記事を載せようと思ってたのだけど、前回の記事に意外と反応があったので、早めに続きを書くことにしました。でも、また続いてしまいました。

前回、なぜBlogは続かないのかを考えた結果、楽しくないからという身も蓋もない結果になってしまったわけだけれど、それでもBlogを続けたいと思う理由がどこかにあるはずだ。なので、今回はどうしてBlogを続けたいのか、あるいは続けないといけないと思うのかについて考えたい。

<目次(予定)>
・好き勝手なことを書きたい
・SNSに飽きた
・Blogでも少しはお金が入ってきたらいいな

好き勝手なことを書きたい自分にできることをしているだけ

いま仕事として文章を書いていて、別に不満があるわけじゃないんだけれど、本当に書きたいものってなんなんだろうと考えるときがたまにある。
で、考えてみると、結論は「別にない」になる。特に何かについて書きたいという思いがあるわけではないのだ。

それでいいのかと思わないこともないが、まあいいとして、それなら書くことによって何を表現したいのかと考えてみると、それは「物語化することである」と思った。

大きな話をすると、私は世の中が良くなって欲しいと思っていて、世の中が良くなるために必要なのは一人一人が考えることだと思っている。
これが大前提で、そのために読んだ人が考えてくれる文章を書きたいと思っている。そして考えてもらえる文章は物語、しかも小さな物語であるべきだと思っているのだ。
だから、映画について書くときも、この映画を観て自分が何を考えたかを書くことで、読んだ人がそれについて考えてもらえるようにしているつもりだし、私にとって映画というのがそのような文章を書く材料として今一番適したものだと思うから映画について書こうと思っているわけだ。

でもまあ個人のBlogなんて読んでる人は限られているし、それで考えてもらえることなんてほんの僅かだろうから、世の中を良くする役には立たないと思う。だから、Blogを書くということは、より広く読まれるところで文章を書くための練習だったり、何かの取っ掛かりだったり、その程度のものにすぎないのかもしれない。でも書くことによって一歩進んだような気にはなるし、わずかでも反応が返ってくると嬉しい、それは自分自身のほんの小さな物語を受け取ってもらえたということだから。だから書きたくなるし、書くべきなんだと思うのだ。

さて、いろいろな人にインタビューをする中で、この人すごいなと思う人が必ずと言っていいほど言う言葉がある。それは、

自分にできることをしているだけ

言い回しは色々だけど、みんなそんなことを言う。だから私も言いたい、自分にできることをしているだけだよと。何の役に立つかわからないけど、できるからやる、それが大事だと。

なので、ここの小見出しは「自分にできることをしているだけ」に変更します。かっこいいから。

*写真はイメージです。本当は途方にくれているという暗喩ではありません。
Photo by Sascha Berner on Unsplash

SNSに飽きた

Twitterは見てるけど、ほとんど書き込まなくなったし、Facebookはそれこそ仕事で書いた記事の告知と仕事関係の連絡が中心の場になっている。まあそれはそれで必要なことだし、楽しいこともあるけれど、Facebookはどこか堅苦しい。Instagramは気張らず楽しめているけれど、インスタは写真または動画という制約があって文章を書くところではない。だからインスタをやってて気づいたことがあっても、それを書くところはどこにもない。あとやたらと流行ってしまっていてなんか恥ずかしい。

他にもLinkedInとか、Slackとか、マストドンとかまあ色々あるけれど、書く込むことが楽しいと思えるものはほぼなくなってしまった。というか、書くことがなくなってしまった。

だからやっぱりある程度の長さの文章を書けるBlogを気ままにやって、そこからSNSに発信していくことの方がいいのかなと思った。

なんかまともなことを書いてしまったけど、コミュニケーションのあり方というのは日々変化していて、何が流行るか、個人でも何に夢中になるかは変化していく。と書いたところで、あ、違うなと思った。自分自身が好きなものは昔から変わらない。基本的にコミュニケーションが苦手で、なるべく一方的に発信して放おって置いてもらえる世界が好きだ。ずっと前から。反応がないのも寂しいけれど、密なコミュニケーションを取ることは結構煩わしい。すみません。

この間、キングコングの西野さんが始めたというLetterPotというサービスに登録して、メッセージを送ってみた。根本にあるのは今の貨幣への疑問とかそういうことで、文字を仮想通貨のようにして送り合うというシステムなのだけれど、やってみていいいなと思ったのは、メッセージが一方通行でいいということだ。相手に返信を求めない手紙、既読スルーみたいなアホなことを気にしなくていい心地よさからいまのSNSの息苦しさが見えてきたように思えた。

試してみたい方はこちらから。登録してしばらくするとレターが送られてきて他の人にも送られるようになります。
https://letterpot.otogimachi.jp/users/43507

なんだか話がずれてきてしまったけれど、SNSについて書くことはやっぱりあまりないことに気づいた。

Blogでもお金が入ってきたらいいな

話がそれつつ、なんとなくお金の話になってきてうまく繋がったような気もするけど、これ以上長くなると自分でも読む気がしなくなるので、これ以降はまた次回の課題ということで。

今日の文脈無視コーナーは、WordPressのembedショートコードを試しながら、一部で話題の足湯たんぽを改めて紹介

映画と関係ないですが足湯たんぽが素晴らしいという話。冬の映画鑑賞にもいいかもしれないので映画の話も少し。

→その3へ

http://socine.info/wp-content/uploads/2018/02/blog_laptop_coffee.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2018/02/blog_laptop_coffee-300x300.jpgishimuraBlogBlog,Blogのそもそも,LetterPot,SNS,Unsplash
次は映画の記事を載せようと思ってたのだけど、前回の記事に意外と反応があったので、早めに続きを書くことにしました。でも、また続いてしまいました。 前回、なぜBlogは続かないのかを考えた結果、楽しくないからという身も蓋もない結果になってしまったわけだけれど、それでもBlogを続けたいと思う理由がどこかにあるはずだ。なので、今回はどうしてBlogを続けたいのか、あるいは続けないといけないと思うのかについて考えたい。 <目次(予定)> ・好き勝手なことを書きたい ・SNSに飽きた ・Blogでも少しはお金が入ってきたらいいな 好き勝手なことを書きたい自分にできることをしているだけ いま仕事として文章を書いていて、別に不満があるわけじゃないんだけれど、本当に書きたいものってなんなんだろうと考えるときがたまにある。 で、考えてみると、結論は「別にない」になる。特に何かについて書きたいという思いがあるわけではないのだ。 それでいいのかと思わないこともないが、まあいいとして、それなら書くことによって何を表現したいのかと考えてみると、それは「物語化することである」と思った。 大きな話をすると、私は世の中が良くなって欲しいと思っていて、世の中が良くなるために必要なのは一人一人が考えることだと思っている。 これが大前提で、そのために読んだ人が考えてくれる文章を書きたいと思っている。そして考えてもらえる文章は物語、しかも小さな物語であるべきだと思っているのだ。 だから、映画について書くときも、この映画を観て自分が何を考えたかを書くことで、読んだ人がそれについて考えてもらえるようにしているつもりだし、私にとって映画というのがそのような文章を書く材料として今一番適したものだと思うから映画について書こうと思っているわけだ。 でもまあ個人のBlogなんて読んでる人は限られているし、それで考えてもらえることなんてほんの僅かだろうから、世の中を良くする役には立たないと思う。だから、Blogを書くということは、より広く読まれるところで文章を書くための練習だったり、何かの取っ掛かりだったり、その程度のものにすぎないのかもしれない。でも書くことによって一歩進んだような気にはなるし、わずかでも反応が返ってくると嬉しい、それは自分自身のほんの小さな物語を受け取ってもらえたということだから。だから書きたくなるし、書くべきなんだと思うのだ。 さて、いろいろな人にインタビューをする中で、この人すごいなと思う人が必ずと言っていいほど言う言葉がある。それは、 自分にできることをしているだけ 言い回しは色々だけど、みんなそんなことを言う。だから私も言いたい、自分にできることをしているだけだよと。何の役に立つかわからないけど、できるからやる、それが大事だと。 なので、ここの小見出しは「自分にできることをしているだけ」に変更します。かっこいいから。 SNSに飽きた Twitterは見てるけど、ほとんど書き込まなくなったし、Facebookはそれこそ仕事で書いた記事の告知と仕事関係の連絡が中心の場になっている。まあそれはそれで必要なことだし、楽しいこともあるけれど、Facebookはどこか堅苦しい。Instagramは気張らず楽しめているけれど、インスタは写真または動画という制約があって文章を書くところではない。だからインスタをやってて気づいたことがあっても、それを書くところはどこにもない。あとやたらと流行ってしまっていてなんか恥ずかしい。 他にもLinkedInとか、Slackとか、マストドンとかまあ色々あるけれど、書く込むことが楽しいと思えるものはほぼなくなってしまった。というか、書くことがなくなってしまった。 だからやっぱりある程度の長さの文章を書けるBlogを気ままにやって、そこからSNSに発信していくことの方がいいのかなと思った。 なんかまともなことを書いてしまったけど、コミュニケーションのあり方というのは日々変化していて、何が流行るか、個人でも何に夢中になるかは変化していく。と書いたところで、あ、違うなと思った。自分自身が好きなものは昔から変わらない。基本的にコミュニケーションが苦手で、なるべく一方的に発信して放おって置いてもらえる世界が好きだ。ずっと前から。反応がないのも寂しいけれど、密なコミュニケーションを取ることは結構煩わしい。すみません。 この間、キングコングの西野さんが始めたというLetterPotというサービスに登録して、メッセージを送ってみた。根本にあるのは今の貨幣への疑問とかそういうことで、文字を仮想通貨のようにして送り合うというシステムなのだけれど、やってみていいいなと思ったのは、メッセージが一方通行でいいということだ。相手に返信を求めない手紙、既読スルーみたいなアホなことを気にしなくていい心地よさからいまのSNSの息苦しさが見えてきたように思えた。 試してみたい方はこちらから。登録してしばらくするとレターが送られてきて他の人にも送られるようになります。 https://letterpot.otogimachi.jp/users/43507 なんだか話がずれてきてしまったけれど、SNSについて書くことはやっぱりあまりないことに気づいた。 Blogでもお金が入ってきたらいいな 話がそれつつ、なんとなくお金の話になってきてうまく繋がったような気もするけど、これ以上長くなると自分でも読む気がしなくなるので、これ以降はまた次回の課題ということで。 今日の文脈無視コーナーは、WordPressのembedショートコードを試しながら、一部で話題の足湯たんぽを改めて紹介 →その3へ
Share this: