ドナルド・トランプが大統領になって、世の中が変わったとは感じないけれど、世界の空気が少し変わったような気がしている。それはなぜなのかよくわからなかったのだが、このドキュメンタリー作品『すべての政府は嘘をつく』を見て、少しわかった気がした。

この作品は、2016年にカナダで制作されたドキュメンタリー映画で、2月3日からuplink cloudでインターネット配信、2月4日からアップリンクで劇場公開(2月4日、15日、24日に先行プレミア上映、本格的な公開は3月18日から)されたが、それに先駆けて、NHKのBS世界のドキュメンタリーで2夜に分けて放送された(再放送は3月2日)。アップリンクが地上波の放送権を売ったらしい。

独立メディアは世界を変えるか?

作品自体は、I.F.ストーンというフリージャーナリストの名言「すべての政府は嘘をつく」をキーワードに、現在活躍する独立派のフリージャーナリストや、独立メディアの活動を追ったもので、大手メディアが政府や大企業の言いなりになっていることを告発するものだ。

I.F.ストーンは1930年代から80年代にかけて、自費出版の個人ジャーナル「週刊I.F.ストーン」を発行し、緻密な調査で数々の政治スキャンダルを暴いたジャーナリスト。この作品では、そのストーンの精神を受け継ぐジャーナリストや研究者が登場し、その中にはマイケル・ムーアやノーム・チョムスキーも含まれる。

取り上げられるトピックの中で大きなものの一つが、メキシコ国境近くで移民の集団埋葬が行われていたという事件だ。メキシコからの不法入国者と思われる人たちの遺体が200体以上も見つかったというもので、大手のメディアでは全く取り上げられることはないが、その事件を1年に渡って取材し続けるジャーナリストが登場する。ここで明らかになるのは、「壁を作る」と言うトランプの考え方を支持する人々の存在だ。移民を人とも思わない人々が一定数存在し、そのことが広く国民に明らかにされることはない。

もう1つは独立メディア「デモクラシー・ナウ!」の活動だ。広告を一切取らず、寄付や有料会員からの収入で運営するこのメディアは、大手メディアが報道しない、政府の「不都合な真実」を伝え続けている。特に、イラクの大量破壊兵器問題など中東情勢について政府見解の矛盾や誤謬を暴いていく。こちらは、今まさに問題になっている、中東の特定の国からの入国を禁止する大統領令につながってくる。特定の「国」を対象とするというのは、それぞれの国について一定のイメージを植え付ける大手メディアの報道のあり方に直結している。独立メディアは個人に目を向けることによって、一律に禁止することの危険性を指摘する。

左からマイケル・ムーア、デモクラシー・ナウ!のエイミー・グッドマン、ノーム・チョムスキー、I.F.ストーン
© 2016 All Governments Lie Documentary Productions INC.

トランプは嘘をつくのか、暴くのか

この映画には、トランプの大統領選の映像も組み込まれているが、中心となるのは、それ以前のアメリカ政府についてだ。聡明で、カリスマ性のあるオバマでさえ、大統領でいるうちに平気で嘘をつくようになるというようなことも言われる。

その中でトランプはどうか?トランプ大統領がもたらした変化というのは、彼の発言が「本音」であるように見えるということだ。自分に良くないことを言うメディアに対しては「嘘をついている」といい、思ったことを口にして、実際にそれをやる。これまでの政府というのは、ずっと嘘をついてきた。それが嘘だと私たちは気づいていなかったとしても、それが本音ではない建前、公式見解という作り物であることはわかっていた。トランプはその建前を捨て、本音を吐いているようにみえる。発言の内容の真実性には疑問があるが、嘘をついているわけではないようにみえるのだ。

ホワイトハウスの記者会見のシーンで、質問には答えないといけないけれど、実質的には何も言っていないというようなシーンがある。これが象徴的で、政治家の言葉には中身が無い。意味のない言葉を並べるばかりで、決定は別の場所で行われている、そういう感覚がずっとあった。しかし。トランプは、有言実行というか、言ったことをやる。発言に中身がある。だから、賛成する人も反対する人も直接それに反応する。

エリートは、大衆がなるべく無知でいたほうがコントロールしやすい。だから大衆には何も知らせず、自分たちの好きなように政治を行う。それが、変わろうとしている。そういうことなのかもしれない。それによって向かう方向はともかく、何か変化が起きようとしているのかもしれないと感じた。

© 2016 All Governments Lie Documentary Productions INC.

ビッグ・ピクチャーから考えること

でも、多分本当はそんなことはない。トランプのアメリカ政府もやはり嘘をつき、大衆は騙され続けるのだ。トランプの今の発言も、実際は大衆を操ろうとしているのではないだろうか?バカのように見せて、実は計算高く諸外国や司法と対立してみせることで、何かを実現しようとしているのではないか。

映画の中に「報道の真の敵は社会通念」という言葉が出てくる。社会通念に反する事実は受け入れられ難い。しかし、社会通念自体が間違っていることもあるし、あるいはそれが作られたものであることも往々にしてある。

それならば、いったい私達は何をすればいいのだろうか。デモクラシー・ナウ!のような独立メディアを支援して、真実を知り、声を上げ、社会を変えていくべきなのだろうか。本当に、それで社会は変わるのだろうか。I.F.ストーンが活動を始めてから80年が経つのに、社会は変わるどころかどんどん悪くなっていってはいないか。トランプに希望を持つことはできないし、安倍総理にだって、小池都知事にだって希望を持つことは出来ない。

この映画を見て、独立メディアやジャーナリストは素晴らしいと思うし、彼らを応援したいと思う。そして、政府も大企業も大手メディアも信用できないということもわかった。それはつまり、この映画がグローバル経済の行き過ぎが民主主義を破壊するという大きな絵(ビッグ・ピクチャー)を描いているということだろうと思う。

このビッグ・ピクチャーというのは、社会活動家のヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんがよく言う言葉で(参考記事)、彼女については「トランプ時代の世界に向けて、やるべきことと見るべき映画を考えてみた」という記事に(くしくも)書いたので、そちらも参照していただきたいが、つまるところ、グローバル経済に対抗するコミュニティを構築して行くことがこれからの民主主義には大切だということだ。

この映画にそって言えば、独立メディアがSNSなどを通じてある種のコミュニティを構築し、グローバリゼーションに対抗していく、そのような未来を描くことで政治と民主主義を私たちの手に取り戻していくことができるかもしれないということだ。

いくら文章を書いていても、なかなか希望が見いだせないような世の中だが、この映画でビッグ・ピクチャーとメディアとを結びつける考え方に出会えたことで、わずかなら希望を抱くことが出来たようなきがする。実際にそれが自分にできるかはまた別問題だが。

『すべての政府は嘘をつく』
ALL GOVERNMENTS LIE-Truth,Deception,and the Spirit of I.F. Stone
2016年/カナダ/92分
監督:フレッド・ピーボディ
音楽: マーク・コーベン
撮影: ジョン・ウェステウサー

http://socine.info/wp-content/uploads/2017/02/allgovernmentlies1.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2017/02/allgovernmentlies1-300x300.jpgishimuraMovieI.F.ストーン,uplink clound,グローバル経済,デモクラシー・ナウ!,トランプ時代,マイケル・ムーア,民主主義
ドナルド・トランプが大統領になって、世の中が変わったとは感じないけれど、世界の空気が少し変わったような気がしている。それはなぜなのかよくわからなかったのだが、このドキュメンタリー作品『すべての政府は嘘をつく』を見て、少しわかった気がした。 この作品は、2016年にカナダで制作されたドキュメンタリー映画で、2月3日からuplink cloudでインターネット配信、2月4日からアップリンクで劇場公開(2月4日、15日、24日に先行プレミア上映、本格的な公開は3月18日から)されたが、それに先駆けて、NHKのBS世界のドキュメンタリーで2夜に分けて放送された(再放送は3月2日)。アップリンクが地上波の放送権を売ったらしい。 独立メディアは世界を変えるか? 作品自体は、I.F.ストーンというフリージャーナリストの名言「すべての政府は嘘をつく」をキーワードに、現在活躍する独立派のフリージャーナリストや、独立メディアの活動を追ったもので、大手メディアが政府や大企業の言いなりになっていることを告発するものだ。 I.F.ストーンは1930年代から80年代にかけて、自費出版の個人ジャーナル「週刊I.F.ストーン」を発行し、緻密な調査で数々の政治スキャンダルを暴いたジャーナリスト。この作品では、そのストーンの精神を受け継ぐジャーナリストや研究者が登場し、その中にはマイケル・ムーアやノーム・チョムスキーも含まれる。 取り上げられるトピックの中で大きなものの一つが、メキシコ国境近くで移民の集団埋葬が行われていたという事件だ。メキシコからの不法入国者と思われる人たちの遺体が200体以上も見つかったというもので、大手のメディアでは全く取り上げられることはないが、その事件を1年に渡って取材し続けるジャーナリストが登場する。ここで明らかになるのは、「壁を作る」と言うトランプの考え方を支持する人々の存在だ。移民を人とも思わない人々が一定数存在し、そのことが広く国民に明らかにされることはない。 もう1つは独立メディア「デモクラシー・ナウ!」の活動だ。広告を一切取らず、寄付や有料会員からの収入で運営するこのメディアは、大手メディアが報道しない、政府の「不都合な真実」を伝え続けている。特に、イラクの大量破壊兵器問題など中東情勢について政府見解の矛盾や誤謬を暴いていく。こちらは、今まさに問題になっている、中東の特定の国からの入国を禁止する大統領令につながってくる。特定の「国」を対象とするというのは、それぞれの国について一定のイメージを植え付ける大手メディアの報道のあり方に直結している。独立メディアは個人に目を向けることによって、一律に禁止することの危険性を指摘する。 トランプは嘘をつくのか、暴くのか この映画には、トランプの大統領選の映像も組み込まれているが、中心となるのは、それ以前のアメリカ政府についてだ。聡明で、カリスマ性のあるオバマでさえ、大統領でいるうちに平気で嘘をつくようになるというようなことも言われる。 その中でトランプはどうか?トランプ大統領がもたらした変化というのは、彼の発言が「本音」であるように見えるということだ。自分に良くないことを言うメディアに対しては「嘘をついている」といい、思ったことを口にして、実際にそれをやる。これまでの政府というのは、ずっと嘘をついてきた。それが嘘だと私たちは気づいていなかったとしても、それが本音ではない建前、公式見解という作り物であることはわかっていた。トランプはその建前を捨て、本音を吐いているようにみえる。発言の内容の真実性には疑問があるが、嘘をついているわけではないようにみえるのだ。 ホワイトハウスの記者会見のシーンで、質問には答えないといけないけれど、実質的には何も言っていないというようなシーンがある。これが象徴的で、政治家の言葉には中身が無い。意味のない言葉を並べるばかりで、決定は別の場所で行われている、そういう感覚がずっとあった。しかし。トランプは、有言実行というか、言ったことをやる。発言に中身がある。だから、賛成する人も反対する人も直接それに反応する。 エリートは、大衆がなるべく無知でいたほうがコントロールしやすい。だから大衆には何も知らせず、自分たちの好きなように政治を行う。それが、変わろうとしている。そういうことなのかもしれない。それによって向かう方向はともかく、何か変化が起きようとしているのかもしれないと感じた。 ビッグ・ピクチャーから考えること でも、多分本当はそんなことはない。トランプのアメリカ政府もやはり嘘をつき、大衆は騙され続けるのだ。トランプの今の発言も、実際は大衆を操ろうとしているのではないだろうか?バカのように見せて、実は計算高く諸外国や司法と対立してみせることで、何かを実現しようとしているのではないか。 映画の中に「報道の真の敵は社会通念」という言葉が出てくる。社会通念に反する事実は受け入れられ難い。しかし、社会通念自体が間違っていることもあるし、あるいはそれが作られたものであることも往々にしてある。 それならば、いったい私達は何をすればいいのだろうか。デモクラシー・ナウ!のような独立メディアを支援して、真実を知り、声を上げ、社会を変えていくべきなのだろうか。本当に、それで社会は変わるのだろうか。I.F.ストーンが活動を始めてから80年が経つのに、社会は変わるどころかどんどん悪くなっていってはいないか。トランプに希望を持つことはできないし、安倍総理にだって、小池都知事にだって希望を持つことは出来ない。 この映画を見て、独立メディアやジャーナリストは素晴らしいと思うし、彼らを応援したいと思う。そして、政府も大企業も大手メディアも信用できないということもわかった。それはつまり、この映画がグローバル経済の行き過ぎが民主主義を破壊するという大きな絵(ビッグ・ピクチャー)を描いているということだろうと思う。 このビッグ・ピクチャーというのは、社会活動家のヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんがよく言う言葉で(参考記事)、彼女については「トランプ時代の世界に向けて、やるべきことと見るべき映画を考えてみた」という記事に(くしくも)書いたので、そちらも参照していただきたいが、つまるところ、グローバル経済に対抗するコミュニティを構築して行くことがこれからの民主主義には大切だということだ。 この映画にそって言えば、独立メディアがSNSなどを通じてある種のコミュニティを構築し、グローバリゼーションに対抗していく、そのような未来を描くことで政治と民主主義を私たちの手に取り戻していくことができるかもしれないということだ。 いくら文章を書いていても、なかなか希望が見いだせないような世の中だが、この映画でビッグ・ピクチャーとメディアとを結びつける考え方に出会えたことで、わずかなら希望を抱くことが出来たようなきがする。実際にそれが自分にできるかはまた別問題だが。 『すべての政府は嘘をつく』 ALL GOVERNMENTS LIE-Truth,Deception,and the Spirit of I.F. Stone 2016年/カナダ/92分 監督:フレッド・ピーボディ 音楽: マーク・コーベン 撮影: ジョン・ウェステウサー