先日の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』につづいて、今週末から公開されるフランスのドキュメンタリー映画『TOMORROW パーマネントライフを探して』を見た。その映画についてはまたということにして、今回は、この2つの作品から興味を持ったアイスランドの市民革命についてのドキュメンタリー作品『鍋とフライパン革命』を紹介したい。

アイスランドで経済危機があり、政変が起きたことは知っていたが、詳しいことはよく知らなかったし、そのようなことがあったこと自体、忘れてしまっていた。しかし、まず『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』で女性が活躍する国として、『TOMORROW』で市民が新憲法を制定しようとしている国として登場すると、がぜん興味が湧いてきた。いま世界が直面している最大の問題はグローバル経済によって民主主義がじわじわと破壊されていることであり、アイスランドではそれに対抗するものとしての市民による本当の民主主義が立ち上がろうとしていると思ったからだ。

テーマが「民主主義」などと言うとかたい話になってしまうけれど、自分と社会の関係を考える際に社会を形作るシステムのことを考えない訳にはいかないし、そのシステムがどうにも居心地が悪いとなればなおさらのことだ。そこで、アイスランドで行われている市民による民主主義改革とはどのようなものか、それをもう少し掘り下げた映像作品はないものかと探していて出会ったのがこの作品だ。

この作品はポルトガルの映像作家ミゲル・マルケスが、アイスランドで市民運動を繰り広げている当事者たちに行ったインタビューをまとめたもの。監督自身がYouTubeに動画をアップし、日本語字幕もブーゲンビリアさんという方が監督の協力のもと作成して付けられている。1時間強の作品なのでぜひ観て欲しい。

さて、この作品だが、当事者たちが淡々と語るだけで劇的なことは何も起きない。しかし、序盤に語られる経済危機前のアイスランドの状況が、今の日本とあまりに似ていると思えてきてヒヤヒヤしてしまう。政治家は経営者と癒着し、メディアは統制されて市民には情報が与えられず、政権が変わったところで政治はほとんど変わらない。

この作品では詳しく描かれていないが、そのような状況の中でアイスランドでは経済危機が起き、多くの銀行が破綻するが、その銀行が税金で救済されそうになると、ついに市民は黙っていられなくなって行動を起こすという成り行きで市民運動が盛り上がっていく。

その運動においてはさまざまなアイデアが出てくるが、無作為に選ばれた市民が議会に参加するというアイデアもその1つだ。選挙によって選ばれた議員による政治ではもはや市民の声は代表されなくなってしまっている。政治家は市民の声よりも経済を優先するからだ。その中で、選挙ではなく抽選で議員を選び、その議員によって議会を運営していくというのがこのアイデアだ。アイデア自体はオリジナルではなく、カナダなどでも試みられたことがあるというが、あまり話を聞いたことが無い。

ごく「フツー」の人たちが政治を行っていけるのか疑問に思う人も多いと思う。私たちは政治というのは政治家がするものと思っていて、その前提には政治家(あるいはそのブレイン)が政治についてよく勉強をしていて、人々の権利をうまく調整してくれるような法律を作ってくれるはずだという考えがあった。民主主義の黎明期にはそれでよかったのかもしれないが、経済が全てを支配する今の時代にはこのシステムはもはや機能不全に陥っているのだ。だから政治家に任せるよりも自分たち自身でやってしまったほうがうまく政治をやっていけるのではないか。

もちろん、実際に運営しようとしたら様々な障害もあるだろう。しかし、民主主義と言えば選挙というのが当たり前とされる中で、そうではない方法があるということを知るだけでも意味があると思うのだ。

もう1つ、気になったのが市民による憲法の制定というアイデアだ。アイスランドは1944年に独立したときにデンマークの古い憲法を仮のものとして制定したという特殊事情もあり、自主憲法の制定というのが長年の課題としてあるということがあるらしい。その中で、政治家に任せるのではなく自分たちで憲法を作ること、そうすることで民主主義のあり方を根本から考え直すことにつながるのだ。

これを見て、日本で行われている憲法改正の議論が何か虚しいものに思えてきた。平和憲法を守ることは大事だと思うし、憲法が市民の権利を制限するなんてことは以ての外だと思うけれど、時代の変化に合わせるというのなら、もっと根本的なところから議論しなければいけないに違いないのだ。自民党案がどうとか、護憲か改憲かなどというのではなく、そもそも権力を持っている国会議員が市民のための憲法を定めるというのが、憲法の本来の意味から外れているような気がしてきた。

アイスランドは人口約30万人の小さな国だ。だからこれをそのまま日本に当てはめて日本でも市民革命を起こそう!ということは簡単には出来ない。しかし、もっと小さな範囲で市民の声が反映される民主主義を作ることは出来るかもしれない。アイスランドというモデルが示すのは、グロバール経済に対抗するものとして、小さな単位の民主主義社会を築くということだ。日本で言えば市町村レベルのサイズで可能な「革命」ということになるかもしれないが、もっともっと小さなコミュニティから本当の民主化を始めることこそ必要なのかもしれない。

この作品では、権力者たちは非常によく組織化されているのに対して、市民たちはバラバラだということも言っていた。『マイケル・ムーアの…』でも分断について書いたが、私たちは分断され、権力に対抗する力を奪われて来たのかもしれない。それならば、小さな単位での本当の民主化を実現し、その小さなコミュニティ同士を組織化することで権力に対抗することができるようになるはずだ。

まあ、こんな偉そうなことを言ったところで、実際には何も出来ないわけだけれど、このような「ビッグピクチャー」を描くことで、日々の小さな活動の意味も捉え直すことが出来るというものだ。とりあえず、この『鍋とフライパン革命』という映像作品に存在を伝えることが、本当の民主主義のために自分ができることなのではないかと、少し真面目に考えてみた。この映像を見て考えて、実際に行動を起こす人がきっといる、それは信じることが出来る。

『鍋とフライパン革命』
Pots, Pand and Other Solutions
2012年/ポルトガル/64分
監督:ミゲル・マルケス


http://socine.info/wp-content/uploads/2016/12/iceland1.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2016/12/iceland1-300x300.jpgishimuraMovieアイスランド,グローバル経済,市民革命,民主主義
先日の『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』につづいて、今週末から公開されるフランスのドキュメンタリー映画『TOMORROW パーマネントライフを探して』を見た。その映画についてはまたということにして、今回は、この2つの作品から興味を持ったアイスランドの市民革命についてのドキュメンタリー作品『鍋とフライパン革命』を紹介したい。 アイスランドで経済危機があり、政変が起きたことは知っていたが、詳しいことはよく知らなかったし、そのようなことがあったこと自体、忘れてしまっていた。しかし、まず『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』で女性が活躍する国として、『TOMORROW』で市民が新憲法を制定しようとしている国として登場すると、がぜん興味が湧いてきた。いま世界が直面している最大の問題はグローバル経済によって民主主義がじわじわと破壊されていることであり、アイスランドではそれに対抗するものとしての市民による本当の民主主義が立ち上がろうとしていると思ったからだ。 テーマが「民主主義」などと言うとかたい話になってしまうけれど、自分と社会の関係を考える際に社会を形作るシステムのことを考えない訳にはいかないし、そのシステムがどうにも居心地が悪いとなればなおさらのことだ。そこで、アイスランドで行われている市民による民主主義改革とはどのようなものか、それをもう少し掘り下げた映像作品はないものかと探していて出会ったのがこの作品だ。 この作品はポルトガルの映像作家ミゲル・マルケスが、アイスランドで市民運動を繰り広げている当事者たちに行ったインタビューをまとめたもの。監督自身がYouTubeに動画をアップし、日本語字幕もブーゲンビリアさんという方が監督の協力のもと作成して付けられている。1時間強の作品なのでぜひ観て欲しい。 さて、この作品だが、当事者たちが淡々と語るだけで劇的なことは何も起きない。しかし、序盤に語られる経済危機前のアイスランドの状況が、今の日本とあまりに似ていると思えてきてヒヤヒヤしてしまう。政治家は経営者と癒着し、メディアは統制されて市民には情報が与えられず、政権が変わったところで政治はほとんど変わらない。 この作品では詳しく描かれていないが、そのような状況の中でアイスランドでは経済危機が起き、多くの銀行が破綻するが、その銀行が税金で救済されそうになると、ついに市民は黙っていられなくなって行動を起こすという成り行きで市民運動が盛り上がっていく。 その運動においてはさまざまなアイデアが出てくるが、無作為に選ばれた市民が議会に参加するというアイデアもその1つだ。選挙によって選ばれた議員による政治ではもはや市民の声は代表されなくなってしまっている。政治家は市民の声よりも経済を優先するからだ。その中で、選挙ではなく抽選で議員を選び、その議員によって議会を運営していくというのがこのアイデアだ。アイデア自体はオリジナルではなく、カナダなどでも試みられたことがあるというが、あまり話を聞いたことが無い。 ごく「フツー」の人たちが政治を行っていけるのか疑問に思う人も多いと思う。私たちは政治というのは政治家がするものと思っていて、その前提には政治家(あるいはそのブレイン)が政治についてよく勉強をしていて、人々の権利をうまく調整してくれるような法律を作ってくれるはずだという考えがあった。民主主義の黎明期にはそれでよかったのかもしれないが、経済が全てを支配する今の時代にはこのシステムはもはや機能不全に陥っているのだ。だから政治家に任せるよりも自分たち自身でやってしまったほうがうまく政治をやっていけるのではないか。 もちろん、実際に運営しようとしたら様々な障害もあるだろう。しかし、民主主義と言えば選挙というのが当たり前とされる中で、そうではない方法があるということを知るだけでも意味があると思うのだ。 もう1つ、気になったのが市民による憲法の制定というアイデアだ。アイスランドは1944年に独立したときにデンマークの古い憲法を仮のものとして制定したという特殊事情もあり、自主憲法の制定というのが長年の課題としてあるということがあるらしい。その中で、政治家に任せるのではなく自分たちで憲法を作ること、そうすることで民主主義のあり方を根本から考え直すことにつながるのだ。 これを見て、日本で行われている憲法改正の議論が何か虚しいものに思えてきた。平和憲法を守ることは大事だと思うし、憲法が市民の権利を制限するなんてことは以ての外だと思うけれど、時代の変化に合わせるというのなら、もっと根本的なところから議論しなければいけないに違いないのだ。自民党案がどうとか、護憲か改憲かなどというのではなく、そもそも権力を持っている国会議員が市民のための憲法を定めるというのが、憲法の本来の意味から外れているような気がしてきた。 アイスランドは人口約30万人の小さな国だ。だからこれをそのまま日本に当てはめて日本でも市民革命を起こそう!ということは簡単には出来ない。しかし、もっと小さな範囲で市民の声が反映される民主主義を作ることは出来るかもしれない。アイスランドというモデルが示すのは、グロバール経済に対抗するものとして、小さな単位の民主主義社会を築くということだ。日本で言えば市町村レベルのサイズで可能な「革命」ということになるかもしれないが、もっともっと小さなコミュニティから本当の民主化を始めることこそ必要なのかもしれない。 この作品では、権力者たちは非常によく組織化されているのに対して、市民たちはバラバラだということも言っていた。『マイケル・ムーアの…』でも分断について書いたが、私たちは分断され、権力に対抗する力を奪われて来たのかもしれない。それならば、小さな単位での本当の民主化を実現し、その小さなコミュニティ同士を組織化することで権力に対抗することができるようになるはずだ。 まあ、こんな偉そうなことを言ったところで、実際には何も出来ないわけだけれど、このような「ビッグピクチャー」を描くことで、日々の小さな活動の意味も捉え直すことが出来るというものだ。とりあえず、この『鍋とフライパン革命』という映像作品に存在を伝えることが、本当の民主主義のために自分ができることなのではないかと、少し真面目に考えてみた。この映像を見て考えて、実際に行動を起こす人がきっといる、それは信じることが出来る。 『鍋とフライパン革命』 Pots, Pand and Other Solutions 2012年/ポルトガル/64分 監督:ミゲル・マルケス