共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のジョン・ケリーが激戦を繰り広げていた2004年の大統領選挙の直前、保守王国ユタのユタバレー州立大学の学生がマイケル・ムーアに講演を依頼した。ブッシュと共和党の悪口ばかり言っているマイケル・ムーアの招聘を巡って学生だけでなく地域の住人も巻き込んでの騒動が巻き起こる。映画は大学で騒動が起きた数週間前から講演当日までを追ったもの。

大学側としては、さまざまな意見を聞くことが学生の学びになるとしてそれを認めるのだが、学生の一部や住民たちは「あんな悪魔みたいなやつを呼んで話をさせるのか」といい、4万ドルという講演料の高さにも文句を言う(実際はチケットで相殺されるので大学や地域の負担はないようだが)。そしてしまいはマイケル・ムーアを呼ぶことにした学生組織の会長と副会長を訴えまでする。マイケル・ムーアの講演の一週間ほど前には保守派の大物ラジオDJを呼んでの講演というのもあり、そちらはギャラは無料だということだが、プライベートジェットの交通費が5万ドルほどかかるといい、どっちもどっちという感じにもなる。

面白いのは、モルモン教徒が75%を占めるというユタ州の現実を見ることが出来るという部分だ。日本人にとってユタ州とかモルモン教といえば、ケント・デリカットやケント・ギルバートのイメージしかないかもしれないが、今回の大統領選でも保守の牙城という感じで報道されつつ、トランプでもヒラリーでもない第3の候補が10%以上の票を獲得していたりして、他の州とはちょっと違うという印象は有るかもしれない。

そんなユタ州のモルモン教徒たちは迫害を受けてユタ州に移住してきた人たちで、イスラエルのユダヤ人と似たような境遇にも有る。また、モルモン教徒の一部は20歳前後で布教活動として世界各地に赴くという福音を行うという習慣があることも知る。その福音を行った若者の1人が「他の国で快く迎えられると嬉しい」と言っていた。何が言いたいかというと、迫害を受けてきた歴史を持ち、受け入れられることの喜びも知っている人たちなのに、マイケル・ムーアを頑なに拒否するというのはどういうことなのかということだ。

今、世の中には自分とは異なる意見やそのような意見を持つ人を拒むという風潮が蔓延しているような印象がある。あくまで印象だが、思想信条を理由とした対立が顕著になる先鋭かもしれいるように思えるのだ。映画の中でも繰り返されるが、思想信条が異なっても議論を戦わせ、互いを尊重し合うことが出来るのが本来の民主主義であるはずなのだが、そのような考え方は主流ではなくなってしまってきているように思えるのだ。

thisdividedstate

実際、マイケル・ムーアの前に来た保守派のラジオDJの講演をみると、その講演が本当にひどい。講演というよりはアジテーションで、保守派が何をするのかというよりは、リベラルがいかにバカで嘘つきかということをただただ主張して拍手喝采を浴びるだけと言うもの。ただただ対立を煽って自分たちの側の人々を囲い込むだけなのだ。こんな聞く耳を持たない人が大物とされているようじゃ保守派の底が知れると思ったのだ。

しかし、何だこりゃと思ってマイケル・ムーアの講演を楽しみに見てみると、その講演も大差なく、内容が薄い宣伝に終わってしまっている。いかにもリベラルで構成なことを言っているようだが、その実は自分たちの主張のほうが正しくて、相手の方が間違っていると声高に主張しているだけで、意見の違いから生じている溝を埋めるような建設的な議論は全くと言っていいほどない。これでは、対立は深まるばかりだ。

この両方の公演の様子をみると、その前の騒動は全部無駄だったと思えてしまうし、後日談として学生組織の会長が辞任に追いやられ、それに友達として仲良く2人でインタビューを受けていた副会長も関わったという話が語られるに至っては、なんだかこの全てが茶番で、何の意味もないと思えてしまう。

この映画の原題は「This Divided State」で国が分断されている現状を描いたものと言うことになるので、それは間違いなく描けているのだが、全体として受ける印象は邦題の「アホでマヌケな大統領選」というほうが(マイケル・ムーアの旧作にあやかって付けられているので偶然だが)内容を見事に表しているように思える。映画としては、現在のアメリカの分断と民主主義の危機を描いていて、問題提起には成功しているわけだが、12年後の現在もそれは解消するどころかさらに深刻化してしまっているし、それはアメリカだけの問題にとどまらない。

今回のアメリカ大統領線を巡ってマイケル・ムーアを含めて様々な人が様々なことを行っている。おそらく時代の転換点となるだろう今回の大統領選の意味を考え、それをなんとかこれからのために活かしていくためには、ここに描かれているような不毛な闘いをするのではなく、建設的な意見をすくい上げてそこから議論を展開していくしかない。そんなことをしても意味は無いのではないかという懸念も生じるが、12年前から何も変わっていないのだから、本当にそれくらいしかやることがない、そんなことを考えさせられる。

『マイケル・ムーア in アホでマヌケな大統領選』
This Divided State
2005年/アメリカ/88分
監督・撮影:スティーヴン・グリーンストリート
出演:マイケル・ムーア

http://socine.info/wp-content/uploads/2016/11/thisdividedstatedvd.jpghttp://socine.info/wp-content/uploads/2016/11/thisdividedstatedvd-212x300.jpgishimuraMovieMichael Moore,マイケル・ムーア
共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のジョン・ケリーが激戦を繰り広げていた2004年の大統領選挙の直前、保守王国ユタのユタバレー州立大学の学生がマイケル・ムーアに講演を依頼した。ブッシュと共和党の悪口ばかり言っているマイケル・ムーアの招聘を巡って学生だけでなく地域の住人も巻き込んでの騒動が巻き起こる。映画は大学で騒動が起きた数週間前から講演当日までを追ったもの。 大学側としては、さまざまな意見を聞くことが学生の学びになるとしてそれを認めるのだが、学生の一部や住民たちは「あんな悪魔みたいなやつを呼んで話をさせるのか」といい、4万ドルという講演料の高さにも文句を言う(実際はチケットで相殺されるので大学や地域の負担はないようだが)。そしてしまいはマイケル・ムーアを呼ぶことにした学生組織の会長と副会長を訴えまでする。マイケル・ムーアの講演の一週間ほど前には保守派の大物ラジオDJを呼んでの講演というのもあり、そちらはギャラは無料だということだが、プライベートジェットの交通費が5万ドルほどかかるといい、どっちもどっちという感じにもなる。 面白いのは、モルモン教徒が75%を占めるというユタ州の現実を見ることが出来るという部分だ。日本人にとってユタ州とかモルモン教といえば、ケント・デリカットやケント・ギルバートのイメージしかないかもしれないが、今回の大統領選でも保守の牙城という感じで報道されつつ、トランプでもヒラリーでもない第3の候補が10%以上の票を獲得していたりして、他の州とはちょっと違うという印象は有るかもしれない。 そんなユタ州のモルモン教徒たちは迫害を受けてユタ州に移住してきた人たちで、イスラエルのユダヤ人と似たような境遇にも有る。また、モルモン教徒の一部は20歳前後で布教活動として世界各地に赴くという福音を行うという習慣があることも知る。その福音を行った若者の1人が「他の国で快く迎えられると嬉しい」と言っていた。何が言いたいかというと、迫害を受けてきた歴史を持ち、受け入れられることの喜びも知っている人たちなのに、マイケル・ムーアを頑なに拒否するというのはどういうことなのかということだ。 今、世の中には自分とは異なる意見やそのような意見を持つ人を拒むという風潮が蔓延しているような印象がある。あくまで印象だが、思想信条を理由とした対立が顕著になる先鋭かもしれいるように思えるのだ。映画の中でも繰り返されるが、思想信条が異なっても議論を戦わせ、互いを尊重し合うことが出来るのが本来の民主主義であるはずなのだが、そのような考え方は主流ではなくなってしまってきているように思えるのだ。 実際、マイケル・ムーアの前に来た保守派のラジオDJの講演をみると、その講演が本当にひどい。講演というよりはアジテーションで、保守派が何をするのかというよりは、リベラルがいかにバカで嘘つきかということをただただ主張して拍手喝采を浴びるだけと言うもの。ただただ対立を煽って自分たちの側の人々を囲い込むだけなのだ。こんな聞く耳を持たない人が大物とされているようじゃ保守派の底が知れると思ったのだ。 しかし、何だこりゃと思ってマイケル・ムーアの講演を楽しみに見てみると、その講演も大差なく、内容が薄い宣伝に終わってしまっている。いかにもリベラルで構成なことを言っているようだが、その実は自分たちの主張のほうが正しくて、相手の方が間違っていると声高に主張しているだけで、意見の違いから生じている溝を埋めるような建設的な議論は全くと言っていいほどない。これでは、対立は深まるばかりだ。 この両方の公演の様子をみると、その前の騒動は全部無駄だったと思えてしまうし、後日談として学生組織の会長が辞任に追いやられ、それに友達として仲良く2人でインタビューを受けていた副会長も関わったという話が語られるに至っては、なんだかこの全てが茶番で、何の意味もないと思えてしまう。 この映画の原題は「This Divided State」で国が分断されている現状を描いたものと言うことになるので、それは間違いなく描けているのだが、全体として受ける印象は邦題の「アホでマヌケな大統領選」というほうが(マイケル・ムーアの旧作にあやかって付けられているので偶然だが)内容を見事に表しているように思える。映画としては、現在のアメリカの分断と民主主義の危機を描いていて、問題提起には成功しているわけだが、12年後の現在もそれは解消するどころかさらに深刻化してしまっているし、それはアメリカだけの問題にとどまらない。 今回のアメリカ大統領線を巡ってマイケル・ムーアを含めて様々な人が様々なことを行っている。おそらく時代の転換点となるだろう今回の大統領選の意味を考え、それをなんとかこれからのために活かしていくためには、ここに描かれているような不毛な闘いをするのではなく、建設的な意見をすくい上げてそこから議論を展開していくしかない。そんなことをしても意味は無いのではないかという懸念も生じるが、12年前から何も変わっていないのだから、本当にそれくらいしかやることがない、そんなことを考えさせられる。 『マイケル・ムーア in アホでマヌケな大統領選』 This Divided State 2005年/アメリカ/88分 監督・撮影:スティーヴン・グリーンストリート 出演:マイケル・ムーア